95 / 164
9.見合い
6
しおりを挟む力登を抱いたまま、ぎゅっと身体を丸めた時、ヴヴヴッとスマホのバイブ音が聞こえた。
そっと息子を離して、スマホを持ち、寝室を出る。
〈俵理人の祖父は検事長だった。犯罪者の娘を身内にはできない〉
――――っ!
冷たい廊下に座り込む。
言えない……。
助けてなんて、言えない。
また、スマホが鳴る。
今度は、着信。
理人……。
迷って、〈応答〉をタップした。
彼の焦りようから、登と会ったのだろうとわかった。
私は深呼吸をして、立ち上がり、玄関のドアを開けた。
心配してくれる彼に、大丈夫だと言った。
全然大丈夫なんかじゃないけど、言った。
これが仕事なら、もっとちゃんと嘘をつけるのに、さすがに声が上擦る。
「もう、関わらないで。放っておいて」
レンズ越しに、理人の瞳が大きく開かれたのが見えた。
「一度寝ただけじゃない! 恋人なんかじゃない。偽装関係だもの。偽物だわ!」
理人の瞳が伏せられ、震える口元がわずかに微笑む。
「とっくに、偽装なんかじゃなくなってた」
『私もよ』
そう言えたら――。
「……帰って」
でも、言えない。
「りと」
もっと私の名前を呼んでほしかった。
「帰って!」
抱きしめてほしかった。
「俺だけか!? 偽装なんて忘れてたのは、俺だけか!!? 俺だけが――」
私だって――っ!
彼のジャケットを掴む手が、震える。
このまま、彼の胸に身を預けたい。
「ママ?」
力登の声。
「――お前と力登が愛おしすぎて苦しいのは、俺だけか……?」
喉の奥から絞り出すような、理人の声。
嬉しくて、涙が視界を歪ませる。
私もよ。
「ままぁ……」
母親を呼ぶ息子の声で、登さんからのメッセージを思い出す。
〈俵理人の祖父は検事長だった。犯罪者の娘を身内にはできない〉
「……帰って」
涙を呑んで、やっと出た声は随分と低くて、重くて、喉の奥に詰まるよう。
ドアを開け、理人を突き飛ばすように追い出した。
目を伏せ、ドアを閉める。
ロックをして、力登の元に急いだ。
「ママ?」
彼を抱きしめる。強く。
「大丈夫、大丈夫」
幼子の甘い香りが、目に沁みる。
涙が溢れたのは、そのせいだ。
「ママ、いたい?」
「いたく……ないよ」
優しい息子の頭を撫でる。
「力登がいるから、大丈夫」
自分に言い聞かせるように、言った。
何度も。
「大丈夫」と。
全然、大丈夫じゃない。
だって、涙が止まらない。
恋が、終わった。
本物になりたかった、偽物の恋が。
身の程知らずな恋でも、幸せだった。
だから、きっと、本当に大丈夫になれる。
この気持ちを忘れなければ――。
そんな私の覚悟の脆さを思い知ったのは、二週間後。
あんなことがあっても、会社ではどうしても顔を合わせてしまう。
さすがに会社内で、人目も多いから、お互いに『普通の顔』をして挨拶を交わす。
理人は何か言いた気だと感じる時もあったけれど、私はそれに気づかないふりをした。
それなのに、名前ひとつで心臓が飛び跳ねる。
「俵くん」
「お疲れ様です、副社長」
専務室を出ようと僅かに開けたドアを止めた。
「いやいや、きみのお陰で疲れるほど仕事してないよ。申し訳ないくらいだ」
最近の理人は目に見えてオーバーワークだ。
「この前の話、考えてくれたかい?」
副社長の声。
「はい」
理人の声。
「お相手がきみに相応しいとは思っていないが、仲介人の顔を立てて恩を売っておくのも――」
「――お引き受けします」
「え?」
1
あなたにおすすめの小説
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない
若松だんご
恋愛
――俺には、将来を誓った相手がいるんです。
お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。
――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。
ほげええっ!?
ちょっ、ちょっと待ってください、課長!
あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?
課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。
――俺のところに来い。
オオカミ課長に、強引に同居させられた。
――この方が、恋人らしいだろ。
うん。そうなんだけど。そうなんですけど。
気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。
イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。
(仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???
すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
極上エリートの甘すぎる求愛に酔わされています~初恋未満の淡い恋情は愛へと花開く~
櫻屋かんな
恋愛
旧題:かくうちで会いましょう 〜 再会した幼馴染がエリートになって溺愛が始まりそうです 〜
第16回恋愛大賞で奨励賞いただきました。ありがとうございます!
そして加筆もたっぷりしての書籍化となりました!めでたーい!
本編については試読で16章中3章までお楽しみいただけます。それ以外にも番外編やお礼SSを各種取り揃えておりますので、引き続きお楽しみください!
◇◇◇◇◇
三十一歳独身。
遠藤彩乃はある日偶然、中学時代の同級生、大浦瑛士と再会する。その場所は、酒屋の飲酒コーナー『角打ち』。
中学生時代に文通をしていた二人だが、そのときにしたやらかしで、彩乃は一方的に罪悪感を抱いていた。そんな彼女に瑛士はグイグイと誘いかけ攻めてくる。
あれ、これってもしかして付き合っている?
でもどうやら彼には結婚を決めている相手がいるという噂で……。
大人のすれ違い恋愛話。
すべての酒と肴と、甘い恋愛話を愛する人に捧げます。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
Home, Sweet Home
茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。
亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。
☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。
サディスティックなプリテンダー
櫻井音衣
恋愛
容姿端麗、頭脳明晰。
6か国語を巧みに操る帰国子女で
所作の美しさから育ちの良さが窺える、
若くして出世した超エリート。
仕事に関しては細かく厳しい、デキる上司。
それなのに
社内でその人はこう呼ばれている。
『この上なく残念な上司』と。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる