偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

深冬 芽以

文字の大きさ
157 / 164
15.溺愛禁止

しおりを挟む

「力登、ご飯食べるからしっちょー置いておいで?」

「おう! パパあっち!」

「え?」

「あっち!」

 力登は理人の腕の中からリビングの、さっき自分が遊んでいた部屋の隅を指さす。

「パパを使わないの」

「やー! パパ、いって」

 連れて行け、と言いたいらしい。

「なんだか、くすぐったいな」

 理人が力登の頬にキスをする。

「帰ったら誰かいるのって」

「私は、家にいるのに玄関が開くのに慣れるまで少しかかりそう」

「ああ。インターホンを押すか?」

「ううん? だいじょう――」

 うなじを掴まれて前のめりになったと同時に、唇が彼のそれと重なった。

 一瞬だけ。

 理人の肩には力登が、背中を向けて抱かれている。

「――ベタだけど、いいな」

 わずか数ミリの唇の隙間でそう言うと、またチュッと触れた。

「~~~っ!」

「は~や~く~!」

 ジタバタする力登の足が、私と理人の胸を蹴る。

「わかったから暴れんな」

 理人がくるりと向きを変え、力登が指さす方へ行く。



 なに、これ――。



 ただいまのキスなんてされると思っていなかった。

 理人が言うように、くすぐったい。



 いい年して……。



「いい年してキスぐらいで喜ぶなんて、とか思ってるだろ」

 背後からの声にドキッとして、首を振る。

「そんんこと――」

「――大丈夫だ。俺も思ってる」

「え?」

 見ると、しっちょーと電車を並べている力登の横で、理人が胡坐をかいて座り、力登の頭を撫でている。

「俺も浮かれてる。誰かと暮らすなんて煩わしいだけだと思ってたのに、りとと力登に出迎えられて嬉しいとか、さ」

 力登が横に並べた電車を、今度は縦に並べる。そして、しっちょーの首を持って立ち上がった。

「ま、いいだろ。新婚なんだし? 年なんて関係ねーよ。な? りき――」

「――しっちょー、どーん!」

 電車の上からしっちょーを離すと、当然だが電車が音を立てて倒れた。

「お前、過激だな」

「しっちょー、かったぁ!」

「戦ってたのか?」

「っく」

 思わず吹き出してしまう。

「私も同じこと、思った」

「これ、なんか言うべきか?」

 しっちょー爆弾で吹っ飛んだ電車たちに、理人が同情の視線を向ける。

「壊れて泣いて物の扱い方を覚えるか、壊れる前に教えるか。難しいところね」

「俺の名前を付けたぬいぐるみの扱いが雑過ぎることについては?」

「それは……任せるわ」

 理人が力登を抱き上げ、膝に乗せる。

「力登。しっちょーは強いが、痛いものは痛いんだぞ?」

「いたいん?」

「ああ。そんな風に投げたら――」

「――びょぉんいく?」

「え?」

 力登が理人の膝からぴょんっと飛び降りると、私に向かって走り出す。

「ママ! しっちょーいたいって」



 しっちょーを混同してる……。



「力登。痛いのは犬のしっちょーで――」



 しっちょーがしっちょーの説明してる……。



「――つーか! 俺はしっちょーじゃなくてパパ!」

「ママ! パパ、いたいって」

「違う」

「ちぁうの?」

「くっ……。ふふっ……」

「ママ、ちぁうって!」

「り~き~と~」

 理人が立ち上がり、力登を追いかける。

「きゃーっ!」

 力登がお尻をフリフリさせて私の足にしがみついた。

「あっははははは!」

 力登に翻弄されっ放しの理人がおかしくて堪らない。



 会社での彼とは別人みたい。



「力登、実はわかっててとぼけてるだろ」

「そんなわけないじゃない」

 理人が私の横でしゃがみ、力登を覗き込む。

「いや? 力登は賢いからな」

「おう!」

「ほら、わかってる」



 そんなわけないじゃない……。



 危険だな、と思った。



 私より親バカになりそうね……。



「ま、いーや。ご飯にしよう」

「おう! いーや」

 なんだかよくわからないうちに話はまとまり、私たちはようやく三人でダイニングを囲んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

処理中です...