【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら

深冬 芽以

文字の大きさ
1 / 147
1.似ていて異なるもの

しおりを挟む



相川あいかわ! 三番にプラスホームの松方まつかたさん」

 隣のブースから聞き慣れた声。



 またか。



 私はかえでちゃんに少し待つように言って、自分のデスクに戻った。

「ありがとうございます」と、姿の見えない隣人に礼を言い、受話器を取った。

「お待たせいたしました、相川です」

『プラスホームの松方です』

「お世話になっています。すみません、また間違えてしまったようで」

『いえ。僕もちゃんと言わなかったので』

 本当に、少しも気にしていないような、穏やかな声。

「いつも申し訳ないです」

『気にしないでください。ところで、昨日発注のあったリビングドアの事なんですけど――』

 電話の取次ぎ間違いには、慣れた。

 いや、慣れてはいけないのだけれど。

 ほぼ毎日のように間違えられるので、いちいち間違えた人に注意する気にもならない。

「ではよろしくお願いします。失礼致します」

 受話器を置くと、使用中を示す三番のランプが消えた。

「相川、悪い。設計課うち山田やまだが間違えた」

 またも、隣のブースから声が飛んできた。

「すみません!」と、山田さんの声。

「気を付けてねー」と、私も少し声を張って、パーテーション越しに言葉を返した。

「はい」

 視線を感じて振り返ると、長谷部はせべ課長が苦笑いしていた。

「課長! 笑ってないで隣と番号を分けるように掛け合ってくださいよ!」

「そうしてやりたいのはやまやまなんだけどなぁ。番号変えると取引先に伝える手間もあるしなぁ」と、課長は頬杖をついて気のない返事をした。

「取次ぎ間違いが多いのも、取引先に失礼じゃないですか」

「確かになぁ。けど、この状況がいつまで続くかもわからないしな」

「それって――」

「相川が結婚して名字が変われば、問題解決だろ」

 三度、パーテーション越しに声。

「ハラスメントですよ、有川ありかわさん!」

「はいはい。すんません」

 パーテーションのこっちからもあっちからも笑いが起こる。

 毎日のように繰り返されるこの会話の原因は、名前。

 私、相川あいかわ千尋ちひろは、トラスト不動産ホームデザイン部インテリアデザイン課主任。

 一方、パーテーションを挟んで隣のブースは、ホームデザイン部設計課。主任はさっきのハラスメント発言をした、有川ありかわ比呂ひろ

 笑っちゃうほど似ている名前だが、私にはまったく笑えない。

 忙しい中で電話を受けると、区別がつかない。更に、うちの会社はフロア毎に電話番号が割り振られていて、私宛の電話を設計課で受けることもあれば、有川主任宛の電話をデザイン部で受けることもある。

 決定的に違うのは、男女であること。

 だから、電話に出た途端に違うとわかる。

 付き合いの長い取引先の場合は、声を聞いただけで『ハズレです』なんて笑われたりする。こういう場合は大抵が、面白がってわざと課を伝えなかったりしているけれど。

 とにかく、この名前のせいで、迷惑をしている。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ボクとセンセイの秘密

七町 優
恋愛
高校2年のボクと24歳のセンセイの秘密を描いたストーリーです。 タイトルで分かるとは思うのですが、恋愛ストーリーです。 一応登場人物たちのいる学校は関西という設定です。 なので関西弁での会話が多くなります。 ボクとセンセイの濃いような淡いような恋愛ストーリーをお楽しみください。

夫婦交錯

山田森湖
恋愛
同じマンションの隣の部屋の同い年の夫婦。思いの交錯、運命かそれとも・・・・。 少しアダルトなラブコメ

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

処理中です...