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1.似ていて異なるもの
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しおりを挟む「いつものことだろ、怒んなよ」
食事の後で、食器を洗っている私を背後から抱き締め、比呂が言った。
「なに、あの、私が結婚すれば、って」
私は手を止めず、スポンジを皿に擦りつける。
「冗談だろ」
「笑えない」
「いや、冗談でもないか。あり得ない話じゃないだろ?」と言いながら、比呂の手がシャツの襟から滑り込んでくる。
「あり得ません!」
手が胸に到達する前に、私は自分の手についた泡を、比呂の鼻の頭に乗せた。
「なにすんだよ」
私のシャツから抜いた手で、泡を拭う。
その手の、左手の薬指には、結婚指輪が光っていた。
私は不倫をしている。
比呂には、結婚して四年、別居して一年半の奥さんがいる。
知っていて、付き合い始めた。
正確には、別居していると知ったから、付き合い始めた。
いつも、そう。
私はもう何年も、不倫しかしていない。
相手は、結婚生活に疲れている男性で、別居していたり、家庭内別居状態だったりする。離婚を望んでいるか、奥さんに離婚届を突き付けられている。そして、子供のいない男性。
とにかく、幸せな結婚生活を壊すような不倫はしない。
勝手な、ポリシーだが。
「今日は泊まって行っていいだろ?」
鼻の頭を拭きながら、比呂はバリスタのスイッチを入れた。食器棚からいつものマグカップを二つ、取り出す。
付き合い始めた頃、私は真っ白いマグカップを使っていた。というか、うちの食器は全て白で統一してある。
なのに、付き合い始めてひと月ほどした頃、比呂がお揃いのマグカップを買って来た。
白に黒字でイニシャルの入ったマグカップ。
比呂は『H』で私は『T』。
『これなら、間違えることないだろ?』と嬉しそうに笑っていたのを覚えている。
それから一年。
比呂は週に三日はこのマグカップを使っている。
「明日は朝一で打ち合わせが入ってるから、ダメ」と、私は濡れた手を拭きながら言った。
「平日は泊まらないでって言ってるじゃない」
「いいだろ。お前ん家の方が会社に近いし、朝飯も食えるしさ」と、比呂は口を尖らせて言った。
「会社のみんなに見せてやりたいわ。その、有川主任の素顔」と、私は冷ややかな視線を向けた。
「なーにが、デキる男、よ」
「デキる男、だろ?」
鼻高々に笑うと、私の腰を抱き寄せ、キスをした。
コポコポとコーヒーがカップに注がれる音と、くちゅくちゅと舌が絡まる音。
腰を抱く手はびくともせず、もう片方の手は手際よくパンツのファスナーを下ろす。
「ちょっ――! コーヒー――」
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