【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら

深冬 芽以

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「なぁ、いいだろ?」

 比呂の猫撫で声。

「ダメ!」

 私は容赦なく、言った。

「もう、帰って」

「冷てーの……」と、子供のように口を尖らせる。

 こういう時、関係を長く続け過ぎたと感じる。

「比呂」

「――わかったよ」

 観念した比呂が、のそりと立ち上がる。

 今夜は出かけるから来ないでと言ってあったのに、昨夜も当然のようにやって来て泊まった。午後を過ぎても帰ろうとせず、私の帰りを部屋で待つと言って、きかなかった。

 たいしたことではない。

 数時間後には帰って来て、比呂の眠るベッドに潜り込み、明日の夜まで一緒にいればいいのかもしれない。

 けれど、それは『恋人』のすること。

『愛人』には似合わない。

「千尋」

 ジャケットを羽織りながら、比呂がじっと私を見た。

「なに?」

 グイッと腰を抱き寄せられ、キスをされた。

「グロスが落ちる!」と、私は比呂の肩を押し退ける。

 もちろん、びくともしない。

「仕事ではこんなんしないよな」と言って、唇を舐める。

「仕事でこんなんは必要ないもの」

「魅せたい男でもいるのか?」

 グロスを舐めとるような、深いキス。グロスどころかファンデーションまで剥がれそうだ。

 私は口の中で暴れる比呂の舌を、軽く噛んだ。

「もうっ! やめてってば」

 口の周りがベタベタする。手の甲で拭った。

「愛人を束縛しちゃいけない?」

「え……?」

 比呂の口から、『愛人』と言われるのは初めてだった。

 私は自分たちの関係を忘れないために、よく言うけれど、比呂はいつもそれを嫌がっていた。

 言葉に気を取られた隙を突くように、再び腰を抱き寄せられた。けれど、比呂の唇が向かった先は鎖骨の下辺り。

 強く唇を押し付けられる。

「比呂!」

 さっきとは比べ物にならない力でホールドされて、身動きできない。

 やっと解放されて、比呂がニッと笑った。

「その服、胸が開きすぎだから」

 ハッとして胸元を見ると、赤い痕が三つ、ハッキリと残されていた。

「ちょっと!」

「ほら。早く着替えなきゃ遅れるぞ?」と、比呂はいたずらっ子のように笑った。

 文句を言うのを諦めて、私は寝室のクローゼットを開け放った。

 玄関ドアが閉まる音が聞こえた。

 比呂が帰ったのだろう。

 胸が、苦しい。

 今まで、他の誰に言われても全然気にならなかったのに。

 比呂の声で『愛人』と言われたことが、呼吸を重くする。

 ゆっくりと、別離わかれときが近づいてきているのだと、感じた。
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