【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら

深冬 芽以

文字の大きさ
9 / 147
2.OLC

しおりを挟む



「なぁ、いいだろ?」

 比呂の猫撫で声。

「ダメ!」

 私は容赦なく、言った。

「もう、帰って」

「冷てーの……」と、子供のように口を尖らせる。

 こういう時、関係を長く続け過ぎたと感じる。

「比呂」

「――わかったよ」

 観念した比呂が、のそりと立ち上がる。

 今夜は出かけるから来ないでと言ってあったのに、昨夜も当然のようにやって来て泊まった。午後を過ぎても帰ろうとせず、私の帰りを部屋で待つと言って、きかなかった。

 たいしたことではない。

 数時間後には帰って来て、比呂の眠るベッドに潜り込み、明日の夜まで一緒にいればいいのかもしれない。

 けれど、それは『恋人』のすること。

『愛人』には似合わない。

「千尋」

 ジャケットを羽織りながら、比呂がじっと私を見た。

「なに?」

 グイッと腰を抱き寄せられ、キスをされた。

「グロスが落ちる!」と、私は比呂の肩を押し退ける。

 もちろん、びくともしない。

「仕事ではこんなんしないよな」と言って、唇を舐める。

「仕事でこんなんは必要ないもの」

「魅せたい男でもいるのか?」

 グロスを舐めとるような、深いキス。グロスどころかファンデーションまで剥がれそうだ。

 私は口の中で暴れる比呂の舌を、軽く噛んだ。

「もうっ! やめてってば」

 口の周りがベタベタする。手の甲で拭った。

「愛人を束縛しちゃいけない?」

「え……?」

 比呂の口から、『愛人』と言われるのは初めてだった。

 私は自分たちの関係を忘れないために、よく言うけれど、比呂はいつもそれを嫌がっていた。

 言葉に気を取られた隙を突くように、再び腰を抱き寄せられた。けれど、比呂の唇が向かった先は鎖骨の下辺り。

 強く唇を押し付けられる。

「比呂!」

 さっきとは比べ物にならない力でホールドされて、身動きできない。

 やっと解放されて、比呂がニッと笑った。

「その服、胸が開きすぎだから」

 ハッとして胸元を見ると、赤い痕が三つ、ハッキリと残されていた。

「ちょっと!」

「ほら。早く着替えなきゃ遅れるぞ?」と、比呂はいたずらっ子のように笑った。

 文句を言うのを諦めて、私は寝室のクローゼットを開け放った。

 玄関ドアが閉まる音が聞こえた。

 比呂が帰ったのだろう。

 胸が、苦しい。

 今まで、他の誰に言われても全然気にならなかったのに。

 比呂の声で『愛人』と言われたことが、呼吸を重くする。

 ゆっくりと、別離わかれときが近づいてきているのだと、感じた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

処理中です...