21 / 147
3.仮面夫婦
4
しおりを挟む
「その話は後にして。式が始まる!」
美幸は立ち上がり、そそくさとバスルームに向かった。鏡の前で最終チェックでもするのだろう。俺はネクタイを締め、ジャケットを羽織り、ベッドの上のスマホを手に取った。
当たり前だが、千尋からの着信もメッセージもない。――というか、これまでもない。
連絡するのはいつも、俺から。
「さ! 行くわよ」
部屋を出た瞬間、美幸の表情が変わった。
夫を裏切った悪魔のような女から、夫に寄り添い穏やかに微笑む妻へ。
千尋の声が聞きたい。
裏表のない、千尋の本音が聞きたい。
「あなたたちは、まだ子供は作らないの?」
挙式と披露宴の合間に、お義母さんが聞いた。俺の両親もいる場で。
美幸の妹は、いわゆるデキ婚。
俺の母親から結婚式のことで電話があった時、同じように子供はまだかと聞かれた。妹が先に母親になることが、美幸の両親は少し心配らしい。
「子供は考えていません」
俺は、言った。
美幸が適当なことを言う前に。
「そうなの?」
その場の誰もが、驚いたようだ。
美幸だけが、ジロリと俺を睨みつけている。
化けの皮が剥がれかかってるぞ。
俺は心の中で、フッと笑った。
「今は、ってことでしょう?」と、俺の母親がフォローする。
そうなると、俺はそれ以上言えない。
何も知らない両親を悲しませたくはない。
「お互いに仕事が楽しいので」と、美幸が便乗した。
「そうなの。でも、仕事は子育ての後でも出来るんだし、出来るだけ若いうちに産んだ方がいいわよ」
美幸は三十四歳。
子供を産む年齢としては、もう若いとは言えない。
「わかってる。ちゃんと比呂と考えてるから」
美幸の面の皮の厚さには、吐き気がする。
結婚した時から、折に触れて子供のことは言われていたが、二年前までは本当に、流れに任せて出来たらいいと思っていた。
だから、嬉しかった。
本当に、嬉しかったんだ。
美幸が妊娠したと聞いた時は――。
四年前。
俺と美幸もこんな風に結婚式を挙げた。
俺たちは両親の紹介で知り合った。両親の顔を立てるために何度か会うようになり、特に付き合わない理由もないからと、付き合い始めた。
結婚を急ぐつもりはなかったけれど、忙しい仕事の合間に会う手間を省くように一緒に暮らし始め、それが割としっくりきて、結婚することになった。
美幸は同業者で話も合ったし、料理も上手かった。俺も一人暮らしが長かったから家事は一通り出来たし、協力し合えていたと思う。
セックスに関しては、美幸は淡泊な方だった。あの頃の俺も、そう。
だから、美幸が妊娠した時は、思わず『いつデキた?』と考えたくらい。
美幸は生理不順だったから、妊娠がわかった時には既に四か月に入っていた。それで、納得した。
その頃の俺と美幸の生活はすれ違っていて、最後にセックスしたのが三か月以上前だったから。
美幸は立ち上がり、そそくさとバスルームに向かった。鏡の前で最終チェックでもするのだろう。俺はネクタイを締め、ジャケットを羽織り、ベッドの上のスマホを手に取った。
当たり前だが、千尋からの着信もメッセージもない。――というか、これまでもない。
連絡するのはいつも、俺から。
「さ! 行くわよ」
部屋を出た瞬間、美幸の表情が変わった。
夫を裏切った悪魔のような女から、夫に寄り添い穏やかに微笑む妻へ。
千尋の声が聞きたい。
裏表のない、千尋の本音が聞きたい。
「あなたたちは、まだ子供は作らないの?」
挙式と披露宴の合間に、お義母さんが聞いた。俺の両親もいる場で。
美幸の妹は、いわゆるデキ婚。
俺の母親から結婚式のことで電話があった時、同じように子供はまだかと聞かれた。妹が先に母親になることが、美幸の両親は少し心配らしい。
「子供は考えていません」
俺は、言った。
美幸が適当なことを言う前に。
「そうなの?」
その場の誰もが、驚いたようだ。
美幸だけが、ジロリと俺を睨みつけている。
化けの皮が剥がれかかってるぞ。
俺は心の中で、フッと笑った。
「今は、ってことでしょう?」と、俺の母親がフォローする。
そうなると、俺はそれ以上言えない。
何も知らない両親を悲しませたくはない。
「お互いに仕事が楽しいので」と、美幸が便乗した。
「そうなの。でも、仕事は子育ての後でも出来るんだし、出来るだけ若いうちに産んだ方がいいわよ」
美幸は三十四歳。
子供を産む年齢としては、もう若いとは言えない。
「わかってる。ちゃんと比呂と考えてるから」
美幸の面の皮の厚さには、吐き気がする。
結婚した時から、折に触れて子供のことは言われていたが、二年前までは本当に、流れに任せて出来たらいいと思っていた。
だから、嬉しかった。
本当に、嬉しかったんだ。
美幸が妊娠したと聞いた時は――。
四年前。
俺と美幸もこんな風に結婚式を挙げた。
俺たちは両親の紹介で知り合った。両親の顔を立てるために何度か会うようになり、特に付き合わない理由もないからと、付き合い始めた。
結婚を急ぐつもりはなかったけれど、忙しい仕事の合間に会う手間を省くように一緒に暮らし始め、それが割としっくりきて、結婚することになった。
美幸は同業者で話も合ったし、料理も上手かった。俺も一人暮らしが長かったから家事は一通り出来たし、協力し合えていたと思う。
セックスに関しては、美幸は淡泊な方だった。あの頃の俺も、そう。
だから、美幸が妊娠した時は、思わず『いつデキた?』と考えたくらい。
美幸は生理不順だったから、妊娠がわかった時には既に四か月に入っていた。それで、納得した。
その頃の俺と美幸の生活はすれ違っていて、最後にセックスしたのが三か月以上前だったから。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ボクとセンセイの秘密
七町 優
恋愛
高校2年のボクと24歳のセンセイの秘密を描いたストーリーです。
タイトルで分かるとは思うのですが、恋愛ストーリーです。
一応登場人物たちのいる学校は関西という設定です。
なので関西弁での会話が多くなります。
ボクとセンセイの濃いような淡いような恋愛ストーリーをお楽しみください。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる