【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら

深冬 芽以

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3.仮面夫婦

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「その話は後にして。式が始まる!」

 美幸は立ち上がり、そそくさとバスルームに向かった。鏡の前で最終チェックでもするのだろう。俺はネクタイを締め、ジャケットを羽織り、ベッドの上のスマホを手に取った。

 当たり前だが、千尋からの着信もメッセージもない。――というか、これまでもない。

 連絡するのはいつも、俺から。

「さ! 行くわよ」

 部屋を出た瞬間、美幸の表情が変わった。

 夫を裏切った悪魔のような女から、夫に寄り添い穏やかに微笑む妻へ。

 千尋の声が聞きたい。

 裏表のない、千尋の本音が聞きたい。

「あなたたちは、まだ子供は作らないの?」

 挙式と披露宴の合間に、お義母さんが聞いた。俺の両親もいる場で。

 美幸の妹は、いわゆるデキ婚。

 俺の母親から結婚式のことで電話があった時、同じように子供はまだかと聞かれた。妹が先に母親になることが、美幸の両親は少し心配らしい。

「子供は考えていません」

 俺は、言った。

 美幸が適当なことを言う前に。

「そうなの?」

 その場の誰もが、驚いたようだ。

 美幸だけが、ジロリと俺を睨みつけている。



 化けの皮が剥がれかかってるぞ。



 俺は心の中で、フッと笑った。

「今は、ってことでしょう?」と、俺の母親がフォローする。

 そうなると、俺はそれ以上言えない。

 何も知らない両親を悲しませたくはない。

「お互いに仕事が楽しいので」と、美幸が便乗した。

「そうなの。でも、仕事は子育ての後でも出来るんだし、出来るだけ若いうちに産んだ方がいいわよ」

 美幸は三十四歳。

 子供を産む年齢としては、もう若いとは言えない。

「わかってる。ちゃんと比呂と考えてるから」

 美幸の面の皮の厚さには、吐き気がする。

 結婚した時から、折に触れて子供のことは言われていたが、二年前までは本当に、流れに任せて出来たらいいと思っていた。

 だから、嬉しかった。

 本当に、嬉しかったんだ。



 美幸が妊娠したと聞いた時は――。



 四年前。

 俺と美幸もこんな風に結婚式を挙げた。

 俺たちは両親の紹介で知り合った。両親の顔を立てるために何度か会うようになり、特に付き合わない理由もないからと、付き合い始めた。

 結婚を急ぐつもりはなかったけれど、忙しい仕事の合間に会う手間を省くように一緒に暮らし始め、それが割としっくりきて、結婚することになった。

 美幸は同業者で話も合ったし、料理も上手かった。俺も一人暮らしが長かったから家事は一通り出来たし、協力し合えていたと思う。

 セックスに関しては、美幸は淡泊な方だった。あの頃の俺も、そう。

 だから、美幸が妊娠した時は、思わず『いつデキた?』と考えたくらい。

 美幸は生理不順だったから、妊娠がわかった時には既に四か月に入っていた。それで、納得した。

 その頃の俺と美幸の生活はすれ違っていて、最後にセックスしたのが三か月以上前だったから。
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