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3.仮面夫婦
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俺は舞い上がって、より一層仕事を頑張った。
美幸も喜んでいたけれど、三十を過ぎての初産な上に、元々生理不順で子供が出来にくいかもしれないと診断を受けていたこともあって、安定期に入るまでは両親にも職場にも知らせたくないと言った。俺が反対する理由はなかった。
一か月後。美幸の予感が的中し、流産した。
病院に駆け付けた俺は、医師の言葉に愕然とした。
『妊娠十三週。女のお子さんでした』
間違いじゃないかと聞きたかった。が、聞かなかった。
医師から渡された母子手帳に、はっきりと書かれていたから。
子供は、俺の子供じゃなかった。
美幸には結婚前から付き合っている男がいた。その男には妻と子供がいて、結婚は望めなかった。けれど、美幸はその男の子供が欲しかった。
だから、俺と結婚した。
最初から、美幸にとって俺は愛する男の子供を育てるための隠れ蓑だった。
翌日、俺は美幸に記入済みの離婚届を渡した。が、美幸は俺の目の前で破り捨てた。
『両親を悲しませる必要はないわ。あなたはあなたで自由に遊んでいいのよ』と言って。
一時間後。
俺は家を出た。
「いい加減、俺を解放してくれ」
結婚式の後、部屋に戻った俺は言った。美幸はバスローブ姿でスマホを弄っていた。
「こんな茶番に付き合わされるのは、うんざりだ」
「どんな女性?」
「は?」
「付き合ってる女性がいるんでしょ?」と、美幸はスマホから目を離すこともなく、聞く。
「お前には――」
「適当に遊んでるだけ? あなた、モテるものね」
「ふざけるな!」
仮にも一度は愛して結婚した女が、スマホを弄りながら愛人について聞いてくるなんて、異様だ。『ランチは何を食べたの?』とでも聞いているよう。
「不倫相手と別れる気はない。だが、離婚もしない。そんな身勝手が許されると思っているのか!」
流産したのが俺の子供じゃないと分かった時、泣いて謝りでもされたらここまでこじれなかったろう。結果的にはやはり離婚だろうが。
だが、美幸は悪びれもせず、不倫相手とは絶対に別れないと言った。
それどころか、相手の男を『浮気相手』と言った俺に、『浮気相手はあなたよ。彼をそんな安っぽい呼び方しないで』とまで言った。
美幸が男なら、間違いなく殴っていた。
「大体、このままダブル不倫なんて続けて、お前と相手の男に未来なんてないだろ」と、俺は前髪を掻き上げた。
「……そうね」
「わかってるなら――」
「私たち、身体の相性は良かったわよね」
「は?」
ようやく美幸がスマホから目を離した。
「誰でも良かったわけじゃないわ。結構好きだったのよ? 比呂のこと」
「『結構』好き『だった』ねぇ。そんな風に言われて、喜ぶ男がいると思うか? 少なくとも、俺はお前とのセックスなんて微塵も思い出せないけどな」
「やっぱり、忘れさせてくれる女性がいるんだ」
スマホをベッドに置き去りにして、美幸が立ち上がった。
美幸も喜んでいたけれど、三十を過ぎての初産な上に、元々生理不順で子供が出来にくいかもしれないと診断を受けていたこともあって、安定期に入るまでは両親にも職場にも知らせたくないと言った。俺が反対する理由はなかった。
一か月後。美幸の予感が的中し、流産した。
病院に駆け付けた俺は、医師の言葉に愕然とした。
『妊娠十三週。女のお子さんでした』
間違いじゃないかと聞きたかった。が、聞かなかった。
医師から渡された母子手帳に、はっきりと書かれていたから。
子供は、俺の子供じゃなかった。
美幸には結婚前から付き合っている男がいた。その男には妻と子供がいて、結婚は望めなかった。けれど、美幸はその男の子供が欲しかった。
だから、俺と結婚した。
最初から、美幸にとって俺は愛する男の子供を育てるための隠れ蓑だった。
翌日、俺は美幸に記入済みの離婚届を渡した。が、美幸は俺の目の前で破り捨てた。
『両親を悲しませる必要はないわ。あなたはあなたで自由に遊んでいいのよ』と言って。
一時間後。
俺は家を出た。
「いい加減、俺を解放してくれ」
結婚式の後、部屋に戻った俺は言った。美幸はバスローブ姿でスマホを弄っていた。
「こんな茶番に付き合わされるのは、うんざりだ」
「どんな女性?」
「は?」
「付き合ってる女性がいるんでしょ?」と、美幸はスマホから目を離すこともなく、聞く。
「お前には――」
「適当に遊んでるだけ? あなた、モテるものね」
「ふざけるな!」
仮にも一度は愛して結婚した女が、スマホを弄りながら愛人について聞いてくるなんて、異様だ。『ランチは何を食べたの?』とでも聞いているよう。
「不倫相手と別れる気はない。だが、離婚もしない。そんな身勝手が許されると思っているのか!」
流産したのが俺の子供じゃないと分かった時、泣いて謝りでもされたらここまでこじれなかったろう。結果的にはやはり離婚だろうが。
だが、美幸は悪びれもせず、不倫相手とは絶対に別れないと言った。
それどころか、相手の男を『浮気相手』と言った俺に、『浮気相手はあなたよ。彼をそんな安っぽい呼び方しないで』とまで言った。
美幸が男なら、間違いなく殴っていた。
「大体、このままダブル不倫なんて続けて、お前と相手の男に未来なんてないだろ」と、俺は前髪を掻き上げた。
「……そうね」
「わかってるなら――」
「私たち、身体の相性は良かったわよね」
「は?」
ようやく美幸がスマホから目を離した。
「誰でも良かったわけじゃないわ。結構好きだったのよ? 比呂のこと」
「『結構』好き『だった』ねぇ。そんな風に言われて、喜ぶ男がいると思うか? 少なくとも、俺はお前とのセックスなんて微塵も思い出せないけどな」
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スマホをベッドに置き去りにして、美幸が立ち上がった。
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