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6.決意
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しおりを挟む「先方の希望とはいえ、俺は正直気に入らない」
「わかってる。てか、設計以前に無理があるのよ」
「例えば?」
「階段。嫁はリビングダイニングの柱を中心に木の螺旋がいいって言いだしたの」
「はぁ? そんなこと聞いてねーぞ」
「昨日言われたんだもの」
ソファの上の図面では、階段は玄関から見て右手、壁際に直線階段。玄関共有の上下分離タイプは玄関と階段を壁際に持って行くか、中央だとしたら左右に部屋を設けて独立させることが多い。
互いのプライバシーを守るためだ。
だが、嫁の言う螺旋階段を作るとなると、一階の和の雰囲気が壊される。しかも、現在の図面では、二階のリビングダイニングはフロアの中央に位置する。そのまま螺旋階段を作ると、一階のリビングに突き抜けてしまう。
設計の段階で、平然と無理難題を言う嫁に対して、俺も千尋も、不可能なものは不可能だと告げた。
耐震の問題からしても、ギリギリ。
「直進階段の下を収納にするってのはどうしたんだよ」
「ご両親はこの設計に満足頂いているのよ」
「嫁の螺旋案は知らないのか?」
「そうみたい」
「いやいや……」
面倒な客はいるが、ここまで訳の分からないのは珍しい。
「ご両親の階段下収納を諦めてもらって、この図面通りの場所に螺旋階段をって提案もしたんだけど、嫁はリビングに欲しいって言い張っちゃって」
「そりゃ、まずは家族会議からだな」
「だよね……」
それでも、何かいい案はないかと、千尋は夜遅くまで図面とカタログと睨めっこしていたのだろう。
「ねぇ、比呂」
「んー?」
俺は二つ目のそぼろを食べ終え、一緒に買って来たお茶を飲んだ。
「別れても、いい仕事仲間に戻れるね」
ゴクン、とお茶が音を立てて喉を流れた。
「別れたいのか?」
「比呂が離婚するまで、ってルールでしょう?」
平然と別れを口にする千尋の顔を見ていなくて良かった。違う。俺の、顔を見られていなくて良かった。
きっと、酷い顔をしている。
「離婚が成立したら、自由だよ」
聞きたくない。
千尋の口から別れの言葉なんて、聞きたくない。
「妻からも愛人からも自由に――」
「結婚しよう」
背中合わせでよかった。
きっと、泣きそうな顔をしている。
俺が。
「千尋を、愛してる」
震える声で、けれど、ハッキリと言った。
「結婚したい」
「比呂のこと、好きよ」
この言葉は、顔を見て聞きたかった。
千尋の手が、俺の手に重なる。
彼女の指が、俺の左手の薬指をなぞる。
「コレ、してるから」
結局、同じことの繰り返し。
俺の想いは、千尋には届かない――。
俺は振り返って、背後から千尋を抱き締めた。うなじにキスをして、耳朶を舐めて、両手で胸を揉む。
「比呂っ――!」
Tシャツの裾から手を滑り込ませて、乱暴にブラジャーを引き下げ、直接胸に触れた。硬くなった下半身を彼女の尻に押し付け、腰を揺らす。
発情期の犬のようだ。
俺は何も言わなかった。
ただ黙って、千尋の背中を見ていた。
俺に付き押されて揺れる彼女の髪を見ていた。
顔を、見られなくて良かった。
視界が揺らぐのが、汗のせいなのか、別なの何かのせいなのか、俺にもわからなかった。
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