100 / 147
13.再会の意味
3
しおりを挟む
経営陣には関係ないのかもしれないけれど、連休のホテルはこの上なく忙しいだろう。そんな時に、身内の結婚式だなんて、従業員にはいい迷惑だ。
「なので、新居もその頃に間に合わせて完成させたいんです」
「お式の準備と重なって大変でしょうけど、社を上げてお手伝いさせていただきますので」
「よろしくお願いします」
そんなお決まりの挨拶で締めくくり、亘は比呂が用意してきた契約書に署名捺印をした。
「では、失礼致します。本日は、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。あ! これをどうぞ」
亘はジャケットの内ポケットから取り出した紙の束から二枚抜いて、比呂に差し出した。
「レストランとラウンジの割引券です。お二人には敷居が高いでしょうけど、せっかくお近づきになれたんですし、ぜひご堪能ください」
「ありがとうございます。ぜひ、利用させていただきます」
はらわた煮えくりかえってるだろうに、比呂は営業スマイルで受け取った。さすがだ。
絶対に使うもんか、と思った。
「ぜってー使わねぇ!」
車に乗り込むなり、そう言って比呂が割引券をくしゃくしゃに丸めた。
「なんだ、あれ。新居傾かせっぞ!」
「物騒なこと言わないの」
「つーか、なんなんだよ! アレ、お前の元カレとか言わねーだろうな。俺、あんなんと同レベルとか立ち直れねーぞ」
「やめてよ。気持ち悪くて食事どころじゃなくなるから」
「同感だな。聞きたいことは山ほどあるが、まずは美味いモン食おう。割引券なんかなくても、俺だって――」
「変なことで張り合わないでよ。普通に美味しいものを食べさせて」
いつもなら、二人きりで食事をしたりしない。誰に見られるかわからないから。
同僚と食事をするくらい、既婚未婚に関わらず在り得ることだ。けれど、勘のいい人ならわかってしまうだろう。
そう警戒してしまうほど、今の私と比呂が『他人』に見えないことは自覚していた。
けれど、心のどこかで思っていた。
誰にも見られないかもしれない。見られても、仕事帰りに同僚が食事しているだけだと思われるかもしれない。
見られても構わない――。
よぎった思考に、笑えた。
「なに、笑ってんだ?」
窓の外を眺めていたとはいえ、息を弾ませていれば気づかれても当然だ。
「別に」
「気持ちわりー。言えよ、気になる」
比呂は横目でチラッと私を見て、すぐに正面に視線を戻す。ちょうど帰宅ラッシュで、道は混雑していた。その上、いちいち信号に捉まってしまう。
「私今日、運勢最悪だったろうなと思って」
「占いなんか信じるのか?」
「ううん? けど、あんな奴に会っちゃうんだから、きっと星座占いでも血液型占いでも最下位確実よ」
「なるほど。じゃ、食後は俺が最高の気分にしてやろう」と言いながら、比呂が片手をハンドルから離して、私の手を握った。
「セックスはしないよ」
「言ってろ」
窓に映る比呂を眺めていた。
握られた手が熱い。
明日の服、どうしよう。
無意識に彼の手を握り返していた。
「なので、新居もその頃に間に合わせて完成させたいんです」
「お式の準備と重なって大変でしょうけど、社を上げてお手伝いさせていただきますので」
「よろしくお願いします」
そんなお決まりの挨拶で締めくくり、亘は比呂が用意してきた契約書に署名捺印をした。
「では、失礼致します。本日は、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。あ! これをどうぞ」
亘はジャケットの内ポケットから取り出した紙の束から二枚抜いて、比呂に差し出した。
「レストランとラウンジの割引券です。お二人には敷居が高いでしょうけど、せっかくお近づきになれたんですし、ぜひご堪能ください」
「ありがとうございます。ぜひ、利用させていただきます」
はらわた煮えくりかえってるだろうに、比呂は営業スマイルで受け取った。さすがだ。
絶対に使うもんか、と思った。
「ぜってー使わねぇ!」
車に乗り込むなり、そう言って比呂が割引券をくしゃくしゃに丸めた。
「なんだ、あれ。新居傾かせっぞ!」
「物騒なこと言わないの」
「つーか、なんなんだよ! アレ、お前の元カレとか言わねーだろうな。俺、あんなんと同レベルとか立ち直れねーぞ」
「やめてよ。気持ち悪くて食事どころじゃなくなるから」
「同感だな。聞きたいことは山ほどあるが、まずは美味いモン食おう。割引券なんかなくても、俺だって――」
「変なことで張り合わないでよ。普通に美味しいものを食べさせて」
いつもなら、二人きりで食事をしたりしない。誰に見られるかわからないから。
同僚と食事をするくらい、既婚未婚に関わらず在り得ることだ。けれど、勘のいい人ならわかってしまうだろう。
そう警戒してしまうほど、今の私と比呂が『他人』に見えないことは自覚していた。
けれど、心のどこかで思っていた。
誰にも見られないかもしれない。見られても、仕事帰りに同僚が食事しているだけだと思われるかもしれない。
見られても構わない――。
よぎった思考に、笑えた。
「なに、笑ってんだ?」
窓の外を眺めていたとはいえ、息を弾ませていれば気づかれても当然だ。
「別に」
「気持ちわりー。言えよ、気になる」
比呂は横目でチラッと私を見て、すぐに正面に視線を戻す。ちょうど帰宅ラッシュで、道は混雑していた。その上、いちいち信号に捉まってしまう。
「私今日、運勢最悪だったろうなと思って」
「占いなんか信じるのか?」
「ううん? けど、あんな奴に会っちゃうんだから、きっと星座占いでも血液型占いでも最下位確実よ」
「なるほど。じゃ、食後は俺が最高の気分にしてやろう」と言いながら、比呂が片手をハンドルから離して、私の手を握った。
「セックスはしないよ」
「言ってろ」
窓に映る比呂を眺めていた。
握られた手が熱い。
明日の服、どうしよう。
無意識に彼の手を握り返していた。
0
あなたにおすすめの小説
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
網代さんを怒らせたい
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「なあ。僕たち、付き合わないか?」
彼がなにを言っているのかわからなかった。
たったいま、私たちは恋愛できない体質かもしれないと告白しあったばかりなのに。
しかし彼曰く、これは練習なのらしい。
それっぽいことをしてみれば、恋がわかるかもしれない。
それでもダメなら、本当にそういう体質だったのだと諦めがつく。
それはそうかもしれないと、私は彼と付き合いはじめたのだけれど……。
和倉千代子(わくらちよこ) 23
建築デザイン会社『SkyEnd』勤務
デザイナー
黒髪パッツン前髪、おかっぱ頭であだ名は〝市松〟
ただし、そう呼ぶのは網代のみ
なんでもすぐに信じてしまい、いつも網代に騙されている
仕事も頑張る努力家
×
網代立生(あじろたつき) 28
建築デザイン会社『SkyEnd』勤務
営業兼事務
背が高く、一見優しげ
しかしけっこう慇懃無礼に毒を吐く
人の好き嫌いが激しい
常識の通じないヤツが大嫌い
恋愛のできないふたりの関係は恋に発展するのか……!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる