113 / 147
14.指輪を外していなくても
7
しおりを挟む
「頭……、おかしいんじゃねーの? 俺は何もしてねーよ」
亘が僅かに声を震わせ、言った。
ガーゼと腫れ上がった顔では、その恐怖に怯えた表情が読み取れないのが残念だ。
「何の話をしてんだよ。被害妄想もいいところだ。あれは……、あの時は、お前が俺を誘ったんだ。俺はお前の望み通り抱いてやろうとしただけなのに、八倉が勘違いして俺に殴り掛かってきたんだ。その証拠に、俺はお咎めなしで、八倉は退学処分になった。お前だって、八倉への罪悪感で転校したんじゃねーか」
「もう、バカってレベルじゃないわね」
「はあ?」
「あれを録画したテープ、どうした?」
「テー……プ」
顔面蒼白でわななく姿を見られないのは残念だ。
「階段から落ちるなんて、不注意ね」
「は?」
「その顔。階段から落ちて顔面を強打なんて、不運ね」
「なにを――」
「――まるで殴られたみたいね」
ようやく、私の言わんとすることを理解したらしく、亘は目を見開いた。
「有川、仕事が溜まってるくせに一週間も有休だなんて、いい御身分よね。あんたの下衆な話を、ちょっと大声で制止したからって大袈裟に暴力だなんだって騒がれて、いい迷惑よね」
「……姉弟のはず――」
「親父の息子に聞いてみたら?」
ブブッとスマホが震えた。
バッグの中で。
同時に、テーブルの上の亘のスマホが騒々しいギター音を鳴らした。
私はバッグに手を突っ込んでスマホを取り出すと、ポップアップでメッセージを確認した。
『今すぐ出ろ』
亘はスマホを耳に当てる。
私はスマホをバッグに押し込むと、リビングを飛び出し、玄関を飛び出した。
「くそっ!」
背後で亘の声が聞こえる。
「待て! クソアマ!!」
待つはずがない。
私はエレベーターのボタンを押し、コートのポケットの中の、手の平サイズの催涙スプレーを握り締めた。
玄関ドアが勢いよく開かれると同時に、亘が飛び出してくる。
同時に、エレベーターの扉が開いた。
今は、この箱の迅速な対応に感謝する。
箱に乗り込み、〈閉〉ボタンを連打する。
亘が扉の正面に立った時、もうダメだと催涙スプレーを顔の前で構えた。
亘が一瞬だけ怯み、扉の枠から手を離した。
それを感知して、扉がゆっくりスライドし、私を迅速かつ安全に一階まで送り届けてくれた。
それから、待たせていたタクシーに乗り込み、伝えておいた目的地に向けてタイヤが回転を始めて、私はようやく息をついた。
微かに脇腹をくすぐられ、私は肩に掛けているバッグを開いた。持ち手を握り締めていた手は、汗でぐっしょりと濡れている。
「はい」
スマホを耳と肩に挟み、ハンカチを取り出して手を拭く。
『無事か?』
「お陰さまで。そっちは?」
『……お前、大河内専務と知り合いか?』
「はい?」
『いや、後で話す。とにかく、俺も今から出る』
「わかりました」
長谷部課長と合流したのは、三十分後。
亘が僅かに声を震わせ、言った。
ガーゼと腫れ上がった顔では、その恐怖に怯えた表情が読み取れないのが残念だ。
「何の話をしてんだよ。被害妄想もいいところだ。あれは……、あの時は、お前が俺を誘ったんだ。俺はお前の望み通り抱いてやろうとしただけなのに、八倉が勘違いして俺に殴り掛かってきたんだ。その証拠に、俺はお咎めなしで、八倉は退学処分になった。お前だって、八倉への罪悪感で転校したんじゃねーか」
「もう、バカってレベルじゃないわね」
「はあ?」
「あれを録画したテープ、どうした?」
「テー……プ」
顔面蒼白でわななく姿を見られないのは残念だ。
「階段から落ちるなんて、不注意ね」
「は?」
「その顔。階段から落ちて顔面を強打なんて、不運ね」
「なにを――」
「――まるで殴られたみたいね」
ようやく、私の言わんとすることを理解したらしく、亘は目を見開いた。
「有川、仕事が溜まってるくせに一週間も有休だなんて、いい御身分よね。あんたの下衆な話を、ちょっと大声で制止したからって大袈裟に暴力だなんだって騒がれて、いい迷惑よね」
「……姉弟のはず――」
「親父の息子に聞いてみたら?」
ブブッとスマホが震えた。
バッグの中で。
同時に、テーブルの上の亘のスマホが騒々しいギター音を鳴らした。
私はバッグに手を突っ込んでスマホを取り出すと、ポップアップでメッセージを確認した。
『今すぐ出ろ』
亘はスマホを耳に当てる。
私はスマホをバッグに押し込むと、リビングを飛び出し、玄関を飛び出した。
「くそっ!」
背後で亘の声が聞こえる。
「待て! クソアマ!!」
待つはずがない。
私はエレベーターのボタンを押し、コートのポケットの中の、手の平サイズの催涙スプレーを握り締めた。
玄関ドアが勢いよく開かれると同時に、亘が飛び出してくる。
同時に、エレベーターの扉が開いた。
今は、この箱の迅速な対応に感謝する。
箱に乗り込み、〈閉〉ボタンを連打する。
亘が扉の正面に立った時、もうダメだと催涙スプレーを顔の前で構えた。
亘が一瞬だけ怯み、扉の枠から手を離した。
それを感知して、扉がゆっくりスライドし、私を迅速かつ安全に一階まで送り届けてくれた。
それから、待たせていたタクシーに乗り込み、伝えておいた目的地に向けてタイヤが回転を始めて、私はようやく息をついた。
微かに脇腹をくすぐられ、私は肩に掛けているバッグを開いた。持ち手を握り締めていた手は、汗でぐっしょりと濡れている。
「はい」
スマホを耳と肩に挟み、ハンカチを取り出して手を拭く。
『無事か?』
「お陰さまで。そっちは?」
『……お前、大河内専務と知り合いか?』
「はい?」
『いや、後で話す。とにかく、俺も今から出る』
「わかりました」
長谷部課長と合流したのは、三十分後。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ボクとセンセイの秘密
七町 優
恋愛
高校2年のボクと24歳のセンセイの秘密を描いたストーリーです。
タイトルで分かるとは思うのですが、恋愛ストーリーです。
一応登場人物たちのいる学校は関西という設定です。
なので関西弁での会話が多くなります。
ボクとセンセイの濃いような淡いような恋愛ストーリーをお楽しみください。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる