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14.指輪を外していなくても
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しおりを挟む先に着いていた私は、チェックインを済ませておいたホテルの一室でスマホを握り締めていた。
比呂から他愛のないメッセージが届いていることはわかっていたが、今は返事をする気になれずに既読をつけていない。
ドアベルが鳴り、私は覗き穴で確認してからドアを開けた。
「お客様をお連れした」と、私が口を開く前に長谷部課長が言った。
「お客様?」
「電話で話した大河内専務だ」
「大河内専務?」
課長が身体を捻り、私が部屋から顔を出した。
比呂が事件を起こした時に対応してくれた専務が立っていた。優しそうな、穏やかな雰囲気の男性は、僅かに白髪の混じった髪を後ろに流している。
「無理を言ってご一緒させていただきました」
大河内専務はそう言って会釈した。
私は部屋の中に向かって手を伸ばした。
「先日は失礼いたしました。どうぞ、お入りになってください」
「失礼します」
どういうことかと課長を見上げたが、困った顔で見下ろされただけ。
私はアメニティのコーヒーを淹れた。
私と専務が向かい合ってソファに座り、課長はベッドに腰を下ろした。
「改めまして、私は亘の伯父の大河内勇と申します。大河内観光の専務をしております」と、大河内専務はスーツの内ポケットから名刺を取り出し、私に向けてテーブルに置いた。
大河内観光とは、HOTEL NEW LIBBERの経営母体。
「大河内専務も、社長と一緒に見ていた」
長谷部課長が言った。
「そう……ですか」
「まず、亘のあなたへの数々の無礼を謝ります。本当に申し訳ありませんでした」
専務はテーブルに額をぶつけそうなほど、頭を下げた。
「今日の会話にあった高校生の頃のことも、先ほどのあなたへの侮辱や脅迫も、私の謝罪で許されることではないとわかっています。今回の有川さんとのことも、亘が彼を激昂させることをしたのでしょう」
「いえ、あの、専務に謝っていただくことでは――」
叔父だと言うから、てっきり亘を擁護するのかと思った。長谷部課長も私と同じように、驚いている。
専務は顔を上げると、少し背中を丸めて私を見つめた。涙が浮かんでいるように見えるのは、照明のせいか。
「本当に……辛い思いをさせて申し訳なかった」
ほんの少しの沈黙。
私と課長は視線を合わせ、切り出したのは課長。
「大河内専務。失礼ですが、ここへは今回のことを口止めするためにいらしたんですか?」
普通はそう思うだろう。
伯父と甥という関係以前に、専務として副社長の不始末を放置はできないはずだ。
だが、専務は頭を振った。
「結果的にはそうなるかもしれませんが、あなた方の言う意味でではありません」
「と、言うと?」
「相川さんは、先ほどの映像をどうなさるおつもりですか?」
「それは――」
「――公表するおつもりですか?」
「必要ならば、已む得ないと思っています」
「それは、やめてください」
「副社長を守るためですか?」と、長谷部課長。
「違います。あれが公になれば、あなたも傷を負う。亘を糾弾し、有川さんを救う為にそこまで――」
「――そこまでの覚悟もなくて、こんなことはしません」
私の傷なんて、今更だ。
比呂を救う為なら、どんなことでもする。
私のしたことで、比呂が会社を辞めることになるとしても、それはあくまで自主退社であって、懲戒解雇とは意味合いが全く違う。
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