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14.指輪を外していなくても
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しおりを挟む「大切な方なんですね」
ほうっと小さく息を吐き、専務は言った。
「自分を犠牲にしても守りたいほど」
「私が原因で同僚がクビだなんて、寝覚めが悪いだけです」
「そんな物言いも、お母様によく似ている」
「え――っ!?」
「当時、副社長秘書をなさっていた相川千鶴さん。よく覚えています」
「母を……?」
考えれば不思議なことではない。
弟の秘書なんて、知っていて当たり前だろう。
「お母様はお元気かな?」
「ええ、はい」
「そうか……」
目を細めて嬉しそうに微笑む専務の表情は、昔を懐かしむだけのものには思えないほど、慈愛に満ちていた。
「お母様の名誉のために、一つ。お母様は弟の、昭一の愛人などではなかった」
「え?」
「昭一は千鶴さんに入れ込んでいたし、昭一の妻もそうだと思い込んでいたようだが、昭一が千鶴さんを見初めて秘書にした時、既に彼女のお腹には君がいた。さすがの昭一も妊婦には手が出せず、君のお母さんは間もなく退職した。君と亘は姉弟などではないよ」
「本当……ですか?」
初めて聞く、話しだった。
母は、私の父親のことを語らない。何度聞いても、今も、何も。
だから、私は事実と噂を繋ぎ合わせ、それが事実だと思ってきた。
ならば私の父親は誰なのか、という疑問は残るけれど、今の私は自分と亘の父親が同一でないという事実だけで胸が一杯だった。
「だからと言って亘のしたことが許されるわけではないが、少なくとも――」
「――あのっ! その件は、もういいんです。亘への恨みが消えることはありませんが、謝罪してほしいわけではないんです。今は、ただ――」
「――亘の処分は、私に任せてくれないだろうか」
「え?」
「君が納得のいかない結果となったら、その時は君の思うように亘を断罪してくれて構わない。だが、その前に、君が傷つかずに済む方法で、私に任せてくれないだろうか」
「失礼ですが、先ほどの社長の様子からは、息子さんを処分するとは到底思えないのですが」
長谷部課長が言った。そして、私に目を向けた。
「社長は、お前を名誉棄損で訴えるとまで言っていた。普通で考えれば不可能だろうが、相手に俺たちの普通が通用するとは思えない」
課長の言うとおりだ。
「仰る通りです。だが、私は、大河内観光を守りたい。先ほどの映像が公になれば、娘を辱められた重役たちが何をするかわからない。内部分裂はどうしても避けたいのです。それに、亘に弄ばれたお嬢さんたちの名誉も守りたい。決して、亘の言うようなふしだらなお嬢さんばかりじゃあないんです」
自分でもバカげていると思うが、信じてみようという気になった。
「わかりました」
「相川!」
「ですが、あまり時間はありません。我が社の社長の耳に入れば、どうあっても有川の処分は免れませんから」
「わかりました。二日、ください」
「わかりました」
課長は物言いた気に口をパクパクさせたが、すぐに諦めて閉じた。
私と課長は、二日後に全てを終えたら連絡をくれると言った専務を見送り、冷えきったコーヒーをすすった。
「大丈夫か?」と、長谷部課長が言った。
「大丈夫です」と、私は言った。
「ありがとうございました。これで、借りは返してもらいました」
その夜、私は比呂にメッセージを返すことはなかった。
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