116 / 147
14.指輪を外していなくても
10
しおりを挟む「比呂を捨てる決心がついたので、連絡しました」
注文を聞いたウエイターが立ち去ると同時に、言った。
比呂の奥さん、美幸さんは、クイッと顎を上げたが、すぐに戻した。
「飽きちゃった?」
「ええ」
「比呂は納得してるの?」
「どうでもいいことです」と言って、私は水のグラスに口をつけた。
「どうでもいい?」
「はい。私が、比呂と別れると決めたんです。比呂の気持ちはどうでもいい」
「ひどい人ね」
「人様の夫を唆す程度には」
「相変わらず、面白い人」
くすくすと笑う彼女は、心から面白がっているようだ。
「仰った通り、比呂を解放してください」
「あなたが本当に比呂と別れるって証拠は? 離婚が成立した途端によりを戻しましたなんて、ない?」
「これを――」と、私はバッグからクリアファイルを取り出し、挟んである用紙を二枚、テーブルに並べた。
「私の署名捺印は済んでいます」
「念書?」
美幸さんは用紙を手に取った。
内容は、簡単に言うとこう。
私と比呂は今後一切関わりを持たない、持った場合は違約金として一千万を美幸さんに支払う。美幸さんは比呂と離婚し、今後一切関わりを持たない、美幸さんから接触した場合は違約金として一千万を比呂に支払う。
「ふぅん……」
読み終えた彼女は、念書をテーブルに戻した。
ウエイターがホットコーヒーとホットミルクティーを運んで来て、私は念書をファイルに挟んだ。
「どうして別れる気になったの?」
あまり興味はなさそうに、美幸さんが聞いた。
「飽きたので」
「人様の夫を捕まえて、酷いのね」
「あなたにだけは言われたくありません」
「それは、そうね。で? どうして?」
飽きた、という理由では、どうあっても納得できないらしい。
一応、追加の理由は用意してきたが、説得力が増すかは微妙だった。
「比呂以上に本気になれそうな男が出来たので」
言った先から疑いの眼差しを向けられた。
ま、そうだよね……。
「とにかく――」
「――この念書、あなたには何の利もないのね」
「え?」
「違約金が発生した場合に受け取れるのは私と比呂でしょう? あなたは? 好きな男と別れるのに、見返りが何もない」
「見返りが欲しくて比呂と付き合っていたわけじゃありませんから」
「比呂自身が見返りだものね? じゃあ、こんな念書まで交わしてまで比呂と別れる見返りは?」
そんなもの、決まっている。
決まっているけれど、口には出来ない。
私は言葉を飲み、僅かに頬を上げた。
「自己満足……ですかね」
「自己満足?」
「ええ。比呂をあなたから解放してあげたっていう、自己満足。いいことをした気分」
「なるほど、ね」
「私から聞いてもいいですか?」
「どうぞ?」と言って、美幸さんはカップを口に運んだ。
「比呂と同じお墓に入る覚悟で、離婚はしないと言い張ってきたんですか?」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる