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14.指輪を外していなくても
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しおりを挟む「比呂を捨てる決心がついたので、連絡しました」
注文を聞いたウエイターが立ち去ると同時に、言った。
比呂の奥さん、美幸さんは、クイッと顎を上げたが、すぐに戻した。
「飽きちゃった?」
「ええ」
「比呂は納得してるの?」
「どうでもいいことです」と言って、私は水のグラスに口をつけた。
「どうでもいい?」
「はい。私が、比呂と別れると決めたんです。比呂の気持ちはどうでもいい」
「ひどい人ね」
「人様の夫を唆す程度には」
「相変わらず、面白い人」
くすくすと笑う彼女は、心から面白がっているようだ。
「仰った通り、比呂を解放してください」
「あなたが本当に比呂と別れるって証拠は? 離婚が成立した途端によりを戻しましたなんて、ない?」
「これを――」と、私はバッグからクリアファイルを取り出し、挟んである用紙を二枚、テーブルに並べた。
「私の署名捺印は済んでいます」
「念書?」
美幸さんは用紙を手に取った。
内容は、簡単に言うとこう。
私と比呂は今後一切関わりを持たない、持った場合は違約金として一千万を美幸さんに支払う。美幸さんは比呂と離婚し、今後一切関わりを持たない、美幸さんから接触した場合は違約金として一千万を比呂に支払う。
「ふぅん……」
読み終えた彼女は、念書をテーブルに戻した。
ウエイターがホットコーヒーとホットミルクティーを運んで来て、私は念書をファイルに挟んだ。
「どうして別れる気になったの?」
あまり興味はなさそうに、美幸さんが聞いた。
「飽きたので」
「人様の夫を捕まえて、酷いのね」
「あなたにだけは言われたくありません」
「それは、そうね。で? どうして?」
飽きた、という理由では、どうあっても納得できないらしい。
一応、追加の理由は用意してきたが、説得力が増すかは微妙だった。
「比呂以上に本気になれそうな男が出来たので」
言った先から疑いの眼差しを向けられた。
ま、そうだよね……。
「とにかく――」
「――この念書、あなたには何の利もないのね」
「え?」
「違約金が発生した場合に受け取れるのは私と比呂でしょう? あなたは? 好きな男と別れるのに、見返りが何もない」
「見返りが欲しくて比呂と付き合っていたわけじゃありませんから」
「比呂自身が見返りだものね? じゃあ、こんな念書まで交わしてまで比呂と別れる見返りは?」
そんなもの、決まっている。
決まっているけれど、口には出来ない。
私は言葉を飲み、僅かに頬を上げた。
「自己満足……ですかね」
「自己満足?」
「ええ。比呂をあなたから解放してあげたっていう、自己満足。いいことをした気分」
「なるほど、ね」
「私から聞いてもいいですか?」
「どうぞ?」と言って、美幸さんはカップを口に運んだ。
「比呂と同じお墓に入る覚悟で、離婚はしないと言い張ってきたんですか?」
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