【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら

深冬 芽以

文字の大きさ
121 / 147
15.指輪を外しても

しおりを挟む

 自業自得。

 全ては、俺の忍耐力なさが招いたこと。

 亘を殴って気が済んだかと言えば、そうでもない。良かったのは、もう千尋が亘と顔を合わせる必要がなくなったことだろうか。同時に、俺とも顔を合わせられなくなったが。

 大河内観光内では、俺に感謝する人間もいるだろうが、全く、これっぽっちも喜べない。

「千尋は……どこにいるんですか」

「さあな」

「は?」

「俺は、餞別代りに遣いを頼まれただけだ」

 そう言うと、課長はジャケットの内ポケットから封筒を取り出し、俺の前でそれを放った。ひらひらとテーブルに着地する。

「事の顛末を説明しこれを渡して欲しい、って」

「これは?」

「知らねーよ。とにかく、用は済んだ」

 課長は苛立った声色でそう言い捨てると、玄関に向かった。

「課長!」

 俺は封筒をその場に残し、立ち上がる。

「有川。俺は、お前にはもちろん、相川にもムカついてんだ。過去に、あいつに救われたのは事実だ。感謝はしている。けどな、同時に後悔もした。なのに、あいつは澄ました顔で『悪いのは私』とか言いやがった。そうやって、あいつは悪女を演じる自分に酔ってる。自分から幸せを放棄しておきながら、悲劇のヒロインぶってるだけだ。今回のことだって、そうだ。他にも手はあったはずなのに、誰にも相談せずに一人で亘のところに乗り込んで行って、一人で役員室に乗り込んで行った。お前じゃなくたって、『俺はそんなに頼りないか』って怒りたくなる。事を大きくしたお前は自業自得だがな、これでも俺は仕事においては相川に信頼されている上司だと思ってた。俺の勝手な思い込みだったみたいだがな!」

 息も絶え絶えに、長谷部課長は一気に捲し立てた。肩を上下させ、浅く短く酸素を肺に取り込む。

 会社での課長は、上司というよりは面倒見のいい先輩で、頭ごなしに指示を出すのではなく、部下のやりたいようにさせて、さり気にフォローやアドバイスをくれる。失敗に声を荒げることもないから、部下には慕われている。

 その課長がここまで鼻息を荒くして感情的になるのを、初めて見た。

 余程、腹を立てているらしい。

 俺と、千尋に。

「有川」

 ようやく呼吸を整えて、課長が静かに言った。いつもの、冷静な声色。

「はい」

「やり方はともかく、相川の気持ちを無駄にするなよ」

 長谷部課長の、刺すような視線に一瞬、唇を噛む。

 上司としてではない。

 男としての台詞。

 俺は、右手で左手の薬指を握った。

「……はい!」

 長谷部課長は無表情のまま、背を向けた。

「明日は一時間早く出社するように。部長とお前んとこの課長からの伝言だ」

「わかりました」

 玄関のドアが閉まりきるより先に、俺は千尋からの封筒を開けていた。

 中には、三つ折りのA4用紙が二枚。重なった二枚を一緒に開くと、一枚目の上部に太字で書かれた言葉が目に入った。



 念書……?



 内容を読み進めて、愕然とする。



 千尋、ここまで――!



 二枚目には、手書きの一行。

『一千万入ったら、独立しなよ』

 ぶっきら棒で可愛げのない、別れの言葉。

「道連れは嫌だって、言ってたもんな……」

 はぁ、っとため息をつきながら、低い天井を見上げる。

 それから、見慣れた、愛おしい女の文字に口づけた。

「道連れ、上等だ――!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ボクとセンセイの秘密

七町 優
恋愛
高校2年のボクと24歳のセンセイの秘密を描いたストーリーです。 タイトルで分かるとは思うのですが、恋愛ストーリーです。 一応登場人物たちのいる学校は関西という設定です。 なので関西弁での会話が多くなります。 ボクとセンセイの濃いような淡いような恋愛ストーリーをお楽しみください。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...