120 / 147
15.指輪を外しても
2
しおりを挟む「もちろん。大河内観光とうちの話はまた別だ。懲戒解雇だけは免れるように、瓦田課長とも対策を練ってたところだったんだが、相川が一人で突っ走りやがった」
「何をしたんですか?!」
ずっと感じていた、嫌な予感、が確信に変わっていく。
そして、それは、恐怖にも似た緊張感をもたらす。
「社長の前で、亘との会話の録音を流したんだ」
「なっ――!」
「亘とは過去に確執があり、自分が有川に気があるのを知られ、有川を怒らせるような暴言を吐き、今回の騒動に至った――って感じで話したらしい。ついでにそれを大河内観光側にも伝え、大河内観光側からうちの社長に、亘の不祥事を公にしたくないから、相川を処分しないで欲しいって連絡があった。恐らく、相川が勇氏に頼み込んだんだろう。勇氏は録音を公表したくなかったし、相川は有川を処分させたくなかった。んで、うちの社長は大河内観光に貸しを作っておけば後々の為になると踏んだ。つーわけで、お前は無罪放免だ」
「なん――っだよ、それ! そんなことしたら、千尋は会社にいられなく――」
だから、長谷部課長が来たのか――!
「餞別代りに……部下の使いっ走りですか」
「上司を顎で使うなんざ、大した女だよ」
「部下に手ぇ出しておいて、よく――」
焦り、怒り、自己嫌悪、嫉妬。
とにかく色んな感情が一気に湧き上がり、その結果、一番大きな『嫉妬』という感情が主導権を握ってしまった。
俺を助けるためとはいえ、千尋が長谷部課長を頼ったことが、何よりムカつく。
「――部下も同僚も大差ないだろ。お前だってその指輪をはめたまま相川を抱いたんだろ」
「――っ!」
痛いところを突かれ、俺は唇を噛んだ。
「高校の時に亘に犯されかけた相川は、自分はひどく汚れた存在だと思うようになったらしい。結果的には違ったが、当時は血の繋がった弟に犯られかけたなんて、相当にショックだったろうからな。それが原因で、自分は恋愛や結婚はしないと決めたらしい。その上、酔った弾みのワンナイトの相手が離婚で悩んでいて、別れ際に相川に礼を言ったんだと。で! 今の相川の完成だ。弱った男を見ると慰めたくなって、それを感謝されることで自分の存在意義を確かめる。既婚者ばかり相手にするのは、愛人だと思っていた母親への反抗心なのか、愛人の娘である自分への自己憐憫なのかはわからないが」
長谷部課長はコーヒーを飲み干すと、立ち上がった。
「とにかく! 相川はお前の処分撤回に成功し、今回の騒動の発端は自分にあると退職願を出した。本日付で受理されたよ」
「なんでっ! なんでそんなこと――」
「――お前の為だろ」
冷ややかな目つきで見下ろされ、俺は言葉を失った。
「全部、お前の為だろ。たとえ、秘密裏に解決しても、一度謹慎となったお前が処分なしとなれば憶測が飛ぶ。間違いなく、お前の出世に響く。だから、相川は置き土産に、『自分が有川主任に言い寄ったことを誤解したクライアントの発言に、主任が怒った』って筋書きを拡散していったよ。これで、お前は加害者じゃなく被害者に成り代わったわけだ。社内では、お前に同情する声が多数だ。代わりに、相川への非難の声も。遅かれ早かれ、退職は免れなかったろう」
「そんな……」
0
あなたにおすすめの小説
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
網代さんを怒らせたい
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「なあ。僕たち、付き合わないか?」
彼がなにを言っているのかわからなかった。
たったいま、私たちは恋愛できない体質かもしれないと告白しあったばかりなのに。
しかし彼曰く、これは練習なのらしい。
それっぽいことをしてみれば、恋がわかるかもしれない。
それでもダメなら、本当にそういう体質だったのだと諦めがつく。
それはそうかもしれないと、私は彼と付き合いはじめたのだけれど……。
和倉千代子(わくらちよこ) 23
建築デザイン会社『SkyEnd』勤務
デザイナー
黒髪パッツン前髪、おかっぱ頭であだ名は〝市松〟
ただし、そう呼ぶのは網代のみ
なんでもすぐに信じてしまい、いつも網代に騙されている
仕事も頑張る努力家
×
網代立生(あじろたつき) 28
建築デザイン会社『SkyEnd』勤務
営業兼事務
背が高く、一見優しげ
しかしけっこう慇懃無礼に毒を吐く
人の好き嫌いが激しい
常識の通じないヤツが大嫌い
恋愛のできないふたりの関係は恋に発展するのか……!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる