122 / 147
15.指輪を外しても
4
しおりを挟む翌日。
俺は上層部の面々に深々と頭を下げた。
別居中とはいえ、既婚者の俺に言い寄った千尋を悪く言う者、隙を見せた俺にも非があると言う者、そもそも別居の原因が千尋との不倫関係だったのでは言う者と、様々だった。
俺は、その全ての言葉を聞き流して、謹慎中の遅れを取り戻すべく、仕事に励んだ。
仕事帰りに千尋の部屋に立ち寄ると、窓に『入居者募集』の張り紙があった。
俺は、しばらくその張り紙を眺め、区役所の深夜窓口に寄ってから帰った。
離婚届に記入するのは、二度目だった。
最初は、美幸に裏切られた怒りで書き殴ったが、今度は丁寧に書いた。
それから、電話をかけた。
深夜と言える時刻ではあったが、どうでも良かった。
『はい』
「離婚届を用意した」
『久し振り、とかないわけ?』
声の様子からして寝ていたわけではなさそうだが、不機嫌そうではある。だが、不機嫌さなら、俺も負けてはいない。
「明日にでも会いたい。印鑑を持って来てくれ」
『何のために?』
「念書を、見た」
『それで?』
別居する前までは、このテンポのいいやり取りが楽しかった。
今は、不愉快でしかないが。
「離婚に同意したんだろ」
『ええ』
「だったら――」
『けど、あの念書には、離婚の期日は書かれていなかったわよね?』
「はっ――?!」
『いつまでに離婚する、って縛りはなかったでしょ?』
「ふざけるなっ!」
恐らく、隣にまで響いただろう声量で、俺は言った。もちろん、無意識に。
「明日、判を押さなければ、調停を申し立てる。お前の両親にも言う」
『……っ!』
今までは、両親同士が親しいことに配慮していた。今となっては、もっと早くそうすれば良かったと後悔するばかりだが。
「俺は本気だ」
『……好きに……したらいわ』
電話の向こうがシンッと無音になり、スマホを耳から下ろすとホーム画面に戻っていた。
美幸は、俺が本当にそんなことをするとは思っていないのか。それとも、本当に両親に知られてもいいと思っているのか。
ともかく、俺はもう、形振り構っていられない。
好きにするさ。
俺は鞄の中から大判の手帳を取り出し、後ろの方のメモページにペンを走らせた。
これから、俺がやらなければならないことを箇条書きにしていく。
それから、その項目に数字を振っていく。
最後の項目には数字は振らず、代わりに赤で項目全体を囲った。
『千尋を探す!』
だが、どうやって……?
今更だが、俺は千尋のことを何も知らない。
ひとりっ子なのは聞いていたが、両親が健在なのか、どこに住んでいるのか、などは何も知らない。
大学時代の仲間と定期的に集まっているのは聞いていたが、具体的にどこの誰なのかは知らない。
いや、待てよ……?
俺は、飲み会で酔った千尋を迎えに行った時のことを思い出していた。
『好青年は龍也で、あきらの相手。陽気なのは大和で、インテリなのは陸』
千尋はそう言った。
他には……?
確か、あきらは区役所に勤めていると言っていたが、どこの区役所かはわからない。大和は、同業者って言っていたはず。陸はホテルマンだが、どこのホテルかまでは聞いていない。
役に立たねー情報ばっかだな。
あの時、若い男女もいたけれど、誰かなのかは聞いていない。同世代には見えなかったが、明らかに部外者でもなかった。
どうする……?
とにかく、出来ることから始めようと、俺はスマホで航空券の予約をした。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる