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15.指輪を外しても
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それからの俺は、とにかく忙しかった。
毎日遅くまで仕事をして、週末は日帰りで実家にも行った。毎晩、千尋を探すにはどうしたらいいかと考え、彼女を抱く夢を見ては悶々と目覚めた。
毎晩のように美幸に電話をして、離婚届に判を押すように催促しているが、その度にふざけたことを言ってかわされた。
夜、一人でいるとくじけそうになる。
千尋の声が聞きたい。
千尋を抱き締めたい。
毎晩のように夢の中で俺の名前を呼ぶ彼女の声は甘く、触れると温かくて柔らかい。俺の口づけに応える感触は日に日にリアルになっていく。
重症だ。
早く千尋を見つけなければ、俺はそのうち、夢から醒められなくなる。
仕事と、美幸との不毛な会話、探しようのない千尋。
謹慎が解けて二週間ほどで、俺はベルトの穴が二つも縮んだ。
最終の地下鉄の中で前屈みでため息をついていると、正面からも盛大なため息が聞こえてきた。
悩みがあるのは俺だけじゃない……か。
顔を上げると、正面のため息の主も顔を上げ、目が合った。
俺よりも五才は若く、くせっ毛なのかセットが崩れたのか、うねった髪が跳ねている。
すぐに視線を逸らしたが、何か気になって再び正面を見た。相手も俺を見ている。
どこかで会ったか……?
仕事関係かと記憶を辿ってみたが思い当たらず、けれど、相手の視線からすると間違いなく俺を知っている様子。
誰だ……?
妙に、気になった。
適当に会釈でもしておけば良いことなのに、なぜか気になってスルーする気になれなかった。
地下鉄が停車し、正面の男が立ち上がった。
俺の座っている側のドアが開き、男は俺に向かって軽く頭を下げ、降りて行く。
どこかで会ったのは間違いない。
俺はすぐさま後を追って、地下鉄を降りた。
直感で、そうすべきと身体が反応したから。
「すみません!」
最終で、この駅は札幌の地下鉄三路線全てが停車するから、きっと乗り換えだろうとわかっていたが、俺は彼を呼び止めた。急いでいたにも関わらず、彼はピタッと足を止めて振り返った。
「前に会ったこと、ありますよね?」
「え……っ? あ、はい」
彼は驚き、頷いた。
「すみません。はっきりと思い出せなくて。どこでお会いしましたか?」
「あー……、先月の頭に、その、酔った恋人を迎えに来ていましたよね?」
先月の頭……、酔った恋人……?
「千尋の、大学の仲間との飲み会?」
「そうです。俺も……彼女を迎えに行っていて。けど、俺を憶えていないのは無理ないです。あなたは彼女とすぐにタクシーで帰ったから」
「ああ! 若いカップル!」
顔までは思い出せないが、確かに若い男女があの場にいたことを思い出す。
「若い……のは俺だけで、俺の彼女はあの場にいたみんなと同世代なんですけどね」
「え?! マジで?」
「麻衣さん、かなり若く見られるんで仕方ないですけど」と、彼は疲れた顔で笑った。
千尋の友達……。
俺はハッとして、彼をじっと見た。
彼は腕時計に視線を落とし、その表情から最終を逃したのだとわかった。
もちろん、俺もだ。
彼には申し訳ないが、例え間に合ったとしても行かせるわけにはいかない。
俺は彼にタクシーで送ると申し出た。
遠慮する彼に名刺を差し出し、俺は頭を下げた。
「きみに頼みたいことがあるんだ」
駅構内に、今日の運航が終了したことを告げるアナウンスが響く。
気づけば、俺たち二人以外、人気はなかった。
「じゃあ、すみませんが……」
彼の家がどこにあるかは知らないが、こんな幸運を逃すくらいなら、沖縄まででも送らせて欲しかった。
毎日遅くまで仕事をして、週末は日帰りで実家にも行った。毎晩、千尋を探すにはどうしたらいいかと考え、彼女を抱く夢を見ては悶々と目覚めた。
毎晩のように美幸に電話をして、離婚届に判を押すように催促しているが、その度にふざけたことを言ってかわされた。
夜、一人でいるとくじけそうになる。
千尋の声が聞きたい。
千尋を抱き締めたい。
毎晩のように夢の中で俺の名前を呼ぶ彼女の声は甘く、触れると温かくて柔らかい。俺の口づけに応える感触は日に日にリアルになっていく。
重症だ。
早く千尋を見つけなければ、俺はそのうち、夢から醒められなくなる。
仕事と、美幸との不毛な会話、探しようのない千尋。
謹慎が解けて二週間ほどで、俺はベルトの穴が二つも縮んだ。
最終の地下鉄の中で前屈みでため息をついていると、正面からも盛大なため息が聞こえてきた。
悩みがあるのは俺だけじゃない……か。
顔を上げると、正面のため息の主も顔を上げ、目が合った。
俺よりも五才は若く、くせっ毛なのかセットが崩れたのか、うねった髪が跳ねている。
すぐに視線を逸らしたが、何か気になって再び正面を見た。相手も俺を見ている。
どこかで会ったか……?
仕事関係かと記憶を辿ってみたが思い当たらず、けれど、相手の視線からすると間違いなく俺を知っている様子。
誰だ……?
妙に、気になった。
適当に会釈でもしておけば良いことなのに、なぜか気になってスルーする気になれなかった。
地下鉄が停車し、正面の男が立ち上がった。
俺の座っている側のドアが開き、男は俺に向かって軽く頭を下げ、降りて行く。
どこかで会ったのは間違いない。
俺はすぐさま後を追って、地下鉄を降りた。
直感で、そうすべきと身体が反応したから。
「すみません!」
最終で、この駅は札幌の地下鉄三路線全てが停車するから、きっと乗り換えだろうとわかっていたが、俺は彼を呼び止めた。急いでいたにも関わらず、彼はピタッと足を止めて振り返った。
「前に会ったこと、ありますよね?」
「え……っ? あ、はい」
彼は驚き、頷いた。
「すみません。はっきりと思い出せなくて。どこでお会いしましたか?」
「あー……、先月の頭に、その、酔った恋人を迎えに来ていましたよね?」
先月の頭……、酔った恋人……?
「千尋の、大学の仲間との飲み会?」
「そうです。俺も……彼女を迎えに行っていて。けど、俺を憶えていないのは無理ないです。あなたは彼女とすぐにタクシーで帰ったから」
「ああ! 若いカップル!」
顔までは思い出せないが、確かに若い男女があの場にいたことを思い出す。
「若い……のは俺だけで、俺の彼女はあの場にいたみんなと同世代なんですけどね」
「え?! マジで?」
「麻衣さん、かなり若く見られるんで仕方ないですけど」と、彼は疲れた顔で笑った。
千尋の友達……。
俺はハッとして、彼をじっと見た。
彼は腕時計に視線を落とし、その表情から最終を逃したのだとわかった。
もちろん、俺もだ。
彼には申し訳ないが、例え間に合ったとしても行かせるわけにはいかない。
俺は彼にタクシーで送ると申し出た。
遠慮する彼に名刺を差し出し、俺は頭を下げた。
「きみに頼みたいことがあるんだ」
駅構内に、今日の運航が終了したことを告げるアナウンスが響く。
気づけば、俺たち二人以外、人気はなかった。
「じゃあ、すみませんが……」
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