127 / 147
15.指輪を外しても
9
しおりを挟む「家?」
「そ。修が家を出るなら、他に部屋を借りるよりあの家で暮らす方が楽でしょ。由麻ちゃんと恵麻ちゃんも、一軒家暮らしからマンション暮らしじゃ、落ち着かないだろうし」
「誰が由麻と恵麻を渡すって言ったのよ!」と、忍がまたも声を荒げる。
「お前のしていることは、立派な育児放棄だ! 証拠もある。毎晩のように親に預けて不倫を繰り返している証拠だ。参観日すら忘れて、真昼間からホストとホテルにいる母親なんて、あの子たちには必要ない。血の繋がりなど関係ない。あの子たちは俺が育てる」
「嫌よ! 絶対に別れないわ!」
そう叫ぶと、忍は事務所を飛び出して行った。
急に、空気が静まり返る。
「今まで――」と、東山がため息交じりに言った。
「――血の繋がらない娘たちとどう接していいかわからず、かといって、あんな母親の元に置いて家を出ることも出来ずにいたが、ようやく覚悟を決めたよ。たとえ俺の子じゃなくても、二人は俺が引き取って育てる」
妻の不倫相手ではあるものの、彼には同情してしまう。
「有川さん」
東山は立ち上がり、腰を九十度に折った。
「美幸を許してくださいとは言えません。彼女を追い詰めたのは俺ですから。ですから、本当に勝手なお願いなのは承知の上で、お願いします。美幸のしたことを、美幸の両親に告げるのだけはしないでください」
「……修」
美幸の、両親に対するいい子ぶりは異常なほどで、何か事情がありそうだとは察していた。詮索されたくないという美幸の無言の訴えに、聞くことはなかったが。
東山の様子からして、事情があるのは事実で、彼はそれを知っているようだ。
「離婚が成立すれば、それでいいので」
そう言って、俺は立ち上がった。
「俺の両親には、互いに他に好きな人ができたから離婚する、としか話していません。今後も、それ以上のことを話すつもりもありません。今後、美幸の実家と関わることもありませんし」
「――ありがとうございます!」
結局、俺は最初から美幸にとってお遊びでお飾りの男だった。
ま、俺も俺、か。
厄介ごとを避けて、美幸の実家との事情を知ろうともしなかった。
その程度だったということだ。
美幸から返された通帳と印鑑を鞄にしまい、テーブルを離れる。
「家の名義変更やなんかは、郵送で頼む」
「わかったわ」
「今から届を出しに行くから、今日付で他人だ」
「ええ。あ! 待って」
ガタンッと立ち上がると、美幸はバッグから茶封筒を取り出した。
「これは、あなたが持っているものと一緒に破棄して」
茶封筒から三つ折りの紙を取り出し、開く。もう一枚の、念書。
「私、彼女に言ったのよ。『比呂と別れて、比呂の前から永久に姿を消すと約束してくれたら、離婚して比呂を解放してあげる』って。そうしたら、コレ。あなたに飽きたから別れるなんて悪ぶって言ってたけど、嘘がバレバレよ。あの人、愛人には向いてないわ」
「俺も、そう思う」
俺は乱暴に念書を鞄に押し込む。
「じゃ、な」
僅かな時間でも愛し、妻となった女性だが、俺はそんなあっさりとした別れの言葉を残して、背を向けた。
千尋に話したら、薄情だと言われそうだが、今の俺には千尋以外どうでもいい。
一刻も早く離婚届を提出し、一刻も早く千尋を見つけ出したかった。
東山のオフィスを出ると、雪がちらほらと降り出していた。
指輪を外した薬指に冷たくて柔らかな雪の結晶が舞い降りて、溶けた。
寒くてかなわない。
俺は最寄りの区役所への道を、全力で走った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる