【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら

深冬 芽以

文字の大きさ
135 / 147
16.新しい指輪

しおりを挟む

 彼女が俯いた瞬間、雫が垂直に落ちたのが見えた。

 ひそひそと、けれど興奮気味に話す女性の声がして、俺はちらりと視線を向けた。

 すっかりパイを食べ終えた隣のテーブルの女性四人が、顔を寄せて俺の方を見ている。

 他人のプロポーズの場に居合わせるなんて、それは珍しいことに違いない。

「断られたら……どうすんのよ。指輪、無駄になるじゃない」

「そしたら、次の女に渡すだけだ」

「なっ――! さいっ――」

「――ここで俺を拒むってことは、そういうことだぞ?」

 顔を上げた千尋の頬は涙で湿っていた。が、俺の言葉で涙も止まったよう。

「言っただろ? 俺は、お前をお前の母親のようにはしたくないし、俺自身、お前の父親のようになる気もない。二人を否定する気はないが、俺には無理だ。ここでお前に振られたら、寂しくて適当な女に引っ掛かって、この指輪を渡すかもな」

「脅し?」

「限りなく事実に近い予想だ」

 千尋が、ギュッと口を結ぶ。

「もし、そうなっても、俺はきっとお前を忘れられないだろうな。指輪を見ては思い出すと思う。相手の女には悪いけど、その分、贖罪の気持ちを込めて大事にするさ。子供が生まれたら、子供も」

「こ……ども……?」

「ああ」

 俺は、千尋の飲み物を聞くつもりでタイミングを見計らっていた店員に声をかけた。

「コーヒーでいいか?」

「あ、えっと、オレンジジュースで……」

「それを二つください」

「かしこまりました」

 空のコーヒーカップを持って、店員が厨房に下がった。

「珍しいな、オレンジジュースとか」

「……なんか……さっぱりしたものが――」

「――妊娠してるから?」

「え――」

 明らかに動揺した表情。

「――悪阻、だろ?」

「ばかなこと――」

 早くなる瞬き。

「――お前を迎えに行った飲み会の夜から、一週間もセックス出来なかった日、ないだろ」

「はっ!?」

「あの夜、避妊しなかった」

「なっ――!」

 酔った千尋は憶えていない。

 酒に飲まれて、俺を愛してると言ったこと。

 その言葉に、ゴムを着ける間も惜しくて繋がったこと。

 何度も。

 あれから、大河内亘の一件があってバタバタはしていたが、千尋が生理だからとセックスを拒むことがなかったのは事実。

 千尋は、妊娠している。



 妊娠、していて欲しい――。



「俺の子だ」

「してない……。妊娠なんて――」

「――じゃあ、証明してみろ」

「なにを――」

「――今から俺に抱かれろよ」

「――――っ!」

 歯を食いしばって俺を睨みつけているのが、証明だ。

 妊娠初期のセックスは流産の原因になる可能性があることは、妊娠の経験がなくてもわかることだ。

「産んでくれるよな?」

「比呂の子じゃ……ない」

「は?」

 今度はこっちが面食らった。

「比呂の子じゃないわ」

「お前、この期に及んで――」

「――本当だもの!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

元彼にハメ婚させられちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
元彼にハメ婚させられちゃいました

網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「なあ。僕たち、付き合わないか?」 彼がなにを言っているのかわからなかった。 たったいま、私たちは恋愛できない体質かもしれないと告白しあったばかりなのに。 しかし彼曰く、これは練習なのらしい。 それっぽいことをしてみれば、恋がわかるかもしれない。 それでもダメなら、本当にそういう体質だったのだと諦めがつく。 それはそうかもしれないと、私は彼と付き合いはじめたのだけれど……。 和倉千代子(わくらちよこ) 23 建築デザイン会社『SkyEnd』勤務 デザイナー 黒髪パッツン前髪、おかっぱ頭であだ名は〝市松〟 ただし、そう呼ぶのは網代のみ なんでもすぐに信じてしまい、いつも網代に騙されている 仕事も頑張る努力家 × 網代立生(あじろたつき) 28 建築デザイン会社『SkyEnd』勤務 営業兼事務 背が高く、一見優しげ しかしけっこう慇懃無礼に毒を吐く 人の好き嫌いが激しい 常識の通じないヤツが大嫌い 恋愛のできないふたりの関係は恋に発展するのか……!?

処理中です...