最後の男

深冬 芽以

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10 女の闘い

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「ま、女には女の世界があるんだろうし、お前にはお前のやり方があるだろうから?」

「別にやり方なんて……」

「けど、仮に俺とのことで何か言われることがあったら、その時は言われっ放しになるなよ」と言って、智也が箸先を私に向けた。

「どういうこと?」

「俺は、お前とのことを恥ずかしいだなんて思ってないし、隠したいわけでもない。まぁ、あえて言いふらすことでもないけど。だから、俺たちのことを面白可笑しく言う奴に我慢する必要はないってこと」

「そんなこと言って……」



 この関係をどう説明するのよ。



 智也がそう言ってくれるのは嬉しいけれど、実際には堂々とするなんて出来る気がしない。

「社内恋愛禁止なわけじゃないし、不倫してるわけでもない。そんなことで影響が出るような半端な仕事をしてきたつもりもない。自分とお前の立場くらい、守れるぞ」

「カッコイイー!」と、私はわざと棒読みで言った。

「惚れたか?」と、智也がどや顔で言う。

「ホレタホレタ」

「感情こもってね~」

 こうして、智也と他愛のない話で笑い合う時間が、心地良い。

 元夫と、こんな風に笑いながら食事をしたことなんてあったろうか。あったとしても、子供が生まれる前のこと。もしかしたら、結婚するより前のことかもしれない。

 智也の前で、素の自分でいることが多くなった。

 数少ない友達の前でしか見せない、私。

 未来さきのことはわからない。



 ただ、現在いまはこの時間を大切にしたい――。



 だから、こうなったのは智也の言葉に触発されたせいではない。私の、意思だ。

 翌朝、珍しく智也が社内で私に話しかけてきた。

「昨日も思ったけど、少し痩せたか?」

 ドキッとした。焦った。

 私は周囲をチラリと見回した。誰もいない。

「急になにを――」

 智也が私の耳元に顔を寄せた。

「俺の為?」

「ちょ――」

 智也は動揺する私を笑った。

 たったそれだけ。

 数秒のそのやり取りが、わざとだったのかまではわからない。

 疑いはしたけれど。

「溝口課長とも仲がいいんですね、堀藤さん」

 背後の声に振り向くと、昨日の総務部の女の子と、その友達が二人いた。一人は近藤さん。

 総務部の女の子の胸の名札で、彼女が京本きょうもとさんだとわかった。もう一人は豊沢とよさわさん。

 そんなくだらないことを言うために、わざわざ営業部うちのフロアに来るなんて、総務部は余程暇なのか。それとも、急いでトイレに行きたいのに総務自分のフロアのトイレが塞がっていたのか。

「悪くはないと思います」

 私は当り障りのない返事をした。

 トイレの前で待ち伏せなんてする彼女たちへの苛立ちと、見られる危険リスクを承知で話しかけてきた智也への苛立ちで、言葉尻がきつくなったかもしれない。
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