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4.逞しさってなに?

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「……私のせい、だね」

「なんで」

「広田さんとのことを知ってて黙ってたこと、気にしてるんでしょ」

「……」

「あなたが、今も元カノと繋がってることを言わなかったのと、同じよ? 知らなくていいことだと思ったの」

 本当は少し、違う。

 私が知っていることを知ったら、和輝はきっと私と結婚しなかった。

 私はそれが、怖かった。

「和輝を疑ったことなんて、ないよ」

「本当に?」

「……うん」

「けど――」



 そうよね。

 私が知っていることを知っていたら、あなたはきっと、あの腕時計をはめたりしなかった。



 夫は優しい。

 だから、私の前で無神経にも元カノとお揃いの腕時計を大事だなんて言ってしまったことを、悔やんでる。



 でもね? それがあなたのホンネなんじゃないの?



「――言って欲しかった」

「ごめんなさい」



 ずるくて、ごめんなさい。



「言えなくさせたのは、俺だな」

「……」



 そうね。

 だって、私が知らないからと、あの時計を大事に持っていた。



「がっかりした?」

「え?」

「腹黒くって」

「そんなこと――」

「――広田さんにも謝っておいて? 少し……嫌な言い方をしちゃったから」



 妻が夫に、夫の元カノへの伝言を頼むなんて、変なの。



 和輝が腕時計を、自分のすぐ横に置いた。

 私からは見えない。

 そして、私を見た。

 真っ直ぐ、怖いくらい真剣な表情で。

 私は、小さく息を飲んだ。

「謝る必要、ない」

「どうして?」

「謝らなきゃいけないのは、俺だ」

「……謝らなきゃいけないようなこと、したの?」

 夫が、視線を逸らした。

 瞬きをしながら目線を下げ、キュッと唇を結んで、鼻で胸いっぱいに息を吸い込む。

 それから、もう一度私を見た。

「したんだろうな……」

 わかってる。

 腕時計のこと。仕事とはいえ元カノと会っていたことを黙っていたこと。妻の職場の場所に興味も持たなかったこと。

 決して、浮気だなんだではない。

「さっきも言ったけど、和輝は知らなかったんだから、別に――」

「――じゃあ、なんであのカフェにいた?」

「え?」

「この前いたカフェ、行ったの初めてだった?」

「――――っ」

 偶然、だと思って欲しかった。

 あの日は、たまたま、だと。

 私の僅かな動揺を、きっと和輝は気づいた。

 その証拠に、私の答えをじっと待っている。

「……初めてじゃ、ない」

「俺と広田が一緒にいるのを見たのも?」

「……」

 小さく頷いた。

 はぁ、と和輝がため息をつき、今度は目線を上げた。

「どうして――」

「――おかーさーん!」

 和葉の声がして、私は寝室のドアを見た。

「はーい?」

「きーてー」

 チラッと夫を見た。

 彼もドアを見ていた。

 私は立ち上がり、「お風呂、入っちゃって」と言って寝室を出た。

 和葉はトイレにいた。

 生理になったのだが、トイレに置いてあるはずのナプキンがなくて私を呼んだ。

 私は階段下の収納庫からナプキンを取って、娘に渡した。

 卒業式に生理だったらどうしようと心配していたが、ズレてくれて良かった。

 ふと、和葉が初めて生理になった一年半前のことを思い出した。

 お赤飯は嫌だと言い張るからお寿司を買って来たが、デリカシーのない由輝には理由を言わなかった。

 夜、和輝に報告すると、私こそビックリするほどビックリしていた。

 それから「なんかショック……」と呟いていた。
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