89 / 89
番外編*十五年目の煩悩
17
「それじゃ意味ないだろ」
言ってから、しまったと思った。
柚葉が笑う。
「和葉に交換してもらう?」
「なんで」
「お揃いになるよ?」
「……別に」
やっぱり、憶えていた。
俺が昔、柚葉とお揃いの物を持ちたいと思っていた話。
「パジャマ、お揃いだよ?」
「……知ってる」
柚葉はまだ、笑っている。
俺はムッとして、柚葉の手からキーホルダーを取り上げ、サイドテーブルに放った。
そして、妻の首筋に噛みつく。
慣れたのか、柚葉は動じない。
「もうすぐ結婚記念日だね?」
「ん」
来月は、十五回目の結婚記念日。
「お揃いの腕時計、買うか」
妻のうなじに口づけながら、言った。
柚葉はきっと、本当に、広田と揃いの腕時計のことは何とも思っていないだろう。
結果的に揃いになったが、そのつもりではなかったものだ。
だが、柚葉の不安の種であったのも事実。
捨てても捨てなくても、その事実は変わらない。
「来月、ボーナスだし」
「けど――」
「――絶対、外さないから」
昔と違ってサプライズできないからどうもキマらないが、仕方がない。
俺の小遣いじゃ二人の腕時計を買えるまで貯めるとなると、何年かかるかわからない。
「ボーナス、期待できそう?」
「期待できる」
「そうなの?」
「うん。実は結構、頑張った」
「そっか。ご苦労様」
「まだ、出てないけど」
「そうだった」
きっと、去年と同じ額でも、柚葉は『ご苦労様』と言ってくれるだろう。
そういう妻を、これからも大切にしようと思う。
「今回のボーナスの俺の小遣いいらないから、時計買おう」
「……うん」
初ボーナスで買った腕時計をつけることは、もうないだろう。
思い出は、眺めているだけでいい。
柚葉から貰った腕時計は、時々つけるかもしれない。
広田に張り合ったにしても、柚葉の想いがこもったものだ。
揃いの腕時計を買ったからって、息子に勝ったなんて思わない。張り合うつもりなんてない。
きっと。
情けないことに、絶対と言えないのが本心だ。
「あ、けど、腕時計より指輪直したいかも」
「指輪?」
「結婚指輪。太って入らなくなっちゃたから」
「ああ……」
もともと指輪やアクセサリーをつける習慣がなかった俺と柚葉だったから、由輝を妊娠してきつくなったと柚葉が外し、由輝が生まれて指輪を口に含むようになって俺が外し、二つ揃って箱にしまわれている。
揃いは揃いだな。
「じゃあ、指輪を直そう」
「うん!」
予定とは違ったが、いいだろう。
結婚指輪こそ、俺と柚葉だけの唯一無二の揃いのものだ。
息子に勝っただなんて大人気ないことは思わない。
息子がくれたキーホルダーをつけないのは、実用的じゃないし、傷つけたり壊したりしないためだ。
決して、俺だけ揃いじゃないからといじけているわけじゃない。
自分にそう言い聞かせた俺だが、翌朝、リビングのサイドボードの上の俺の鍵をじっと見つめる由輝を見て、己の小ささを反省したのだった。
----- END -----
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(7件)
あなたにおすすめの小説
秘められた薫り
La Mistral
恋愛
エブリスタにて、トレンド#恋愛で最高位
55位を獲得した作品です。
「愛しているよ」という夫の言葉が、今の美咲には虚しい空気にしか聞こえない。
欠けていたのは、理性を焼き尽くすような衝動。
クライアントの慎吾と交わす視線。ビジネスという仮面の下で共有される、剥き出しの欲望。
指先が触れる。名前を呼ばれる。ただそれだけで、美咲の積み上げてきた「良き妻」としての世界は音を立てて崩れ去る。
完璧なアリバイ、塗り固めた嘘。
夫の隣で微笑みながら、心は別の男の指先を求めている。
一度知ってしまった濃厚な「薫り」は、もう彼女を元の場所へは戻してくれない。
守るべき家庭と、抗えない本能。
二つの世界の境界線で、美咲が選ぶ「最後の一線」とは――。
欲望の熱に浮かされた女の、美しくも残酷な堕落の記録。
愛のかたち
凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。
ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は……
情けない男の不器用な愛。
三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで
狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。
一度目は信じた。
二度目は耐えた。
三度目は――すべてを失った。
そして私は、屋上から身を投げた。
……はずだった。
目を覚ますと、そこは過去。
すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。
――四度目の人生。
これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、
同じように裏切られ、すべてを失ってきた。
だから今度は、もう決めている。
「もう、陸翔はいらない」
愛していた。
けれど、もう疲れた。
今度こそ――
自分を守るために、家族を守るために、
私は、自分から手を放す。
これは、三度裏切られた女が、
四度目の人生で「選び直す」物語。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
この作品のおかげで勇気でました。もう100回以上読んでますが、毎回泣いちゃいます。
エ◯◯ス◯ーさんでずっと読んでいたのてすが、急に読めなくなり(Androidなので、図書ポイントで買えなくて)どうしてもこの小説に戻ってきたくなり探して飛んできました。
柚葉の気持ちの描写も共感できて、お互いが怖いながら気持ちを伝え合うところが本当に感動です。
この小説のおかげで、いろんな思いがあり10年ほど前から私から距離を置いていたけれど、やっぱり話さないと、触れたいという気持ちを呼び起こさせてもらい、出産後の金属アレルギーで外した結婚指輪をだしてきて、はいらなくて(笑)宝石店で継ぎ足ししてサイズをあわせてもらってはめるとこからスタート。
トム・クルーズの『トップ・ガン〜マーベリック』をみにいかない?と誘ってみました。レイトショーでみて、その後直帰ではなく、ドライブして昔のデートしたハーバーの岸壁にいったり......そこから少しずつ小説を読んでは勇気をだしての繰り返しで、3年がたちます。
本当に感謝です。ご主人のまじめさ、照れくささ、実直なところ大好きです。柚葉さんのダイエット、応援します!
いつまでも何回も読み返したい夫婦物語に出会え、ありがとうございます。
サヌールさん、嬉しい感想をありがとうございます!
何度も読み返してもらえるなんて、作者としてこれ以上嬉しいことはありません。
また、この作品をきっかけに気持ちの変化があったとのこと、サヌールさんにとって良い方向への変化で良かったです。
また、この作品のような感動してもらえる作品を書きたいと思います。
息子が良い味出してて、良い年した男女のウジウジ吹き飛ばされて、ほっこりした気持ちになりました(笑)
私もいっきに読みました。途中イライラしたり(笑)
でも、二人がきちんと向き合えて、話せて、そして仲良くなれて、中学生の息子さんとのライバル?バトルにも笑えて。ほっこりしました。
また未読の作品、今 連載中の作品をこれから、読破します!!
hikaruko様
コメントありがとうございます🤗
この作品で私が気に入ってる部分が子供との関係性なので、そう言っていただけて嬉しいです😆
うちは男の子だけなんですけど、いつまでも甘ったれなところがあるので、反映させてみました(笑)