29 / 191
4.差し伸べられた手
7
しおりを挟む
「ただ、恋人のキスを見たきみに失礼なことを言ってしまったことや、きみが彼とどうなったのかが……気になって仕方がなかった。だから、ミノリさんにきみか草下さんが店に来たら知らせてほしいと頼んでおいたんだ」
それで……。
「軽率に聞こえるかもしれないけど――」
峰濱さんがコクッと喉仏を上下させて唾を飲むのが見えた。
そして、そうして紡ぐ言葉の重みを感じ、ドキドキする。
「――きみと愛し合いたい」
「……えっ!?」
漠然と好意を伝えられると思っていた私は、愛という言葉に面食らってしまう。
それは彼も同じようで、言ってから小さく「あっ」と喉を鳴らしたのが聞こえた。
「ちょっと待って」
峰濱さんが片手で額を押さえ、項垂れる。
私も戸惑い、彼から目を背けた。
「嘘じゃないんだけど、なんか――」
コンコンと遠慮がちなノックが聞こえ、彼が振り向く。
五十代くらいの男性が、窓の向こうで小さくお辞儀をした。
運転代行の人だろう。
峰濱さんが窓を開けると、男性がカードを差し出した。
男性が差し出したのは運転免許証で、峰濱さんはその名前と自分の予約カードの名前を確認して、彼に免許証を返した。
男性が運転席に乗り込み、座席やミラーの位置を変え、シートベルトを締めた。
峰濱さんが、四時間前に私を迎えに来た場所を伝えると、男性は私たちにもシートベルトをするように言い、車を発進させた。
およそ三十分間、私たちは無言だった。
お互いに、さっきの話の続きを第三者の前、背後でする気はなく、私はうるさい鼓動が彼に聞こえないように願いながら、窓の外を眺めていた。
「ここでいいの?」
待ち合わせた場所に着いてようやく、峰濱さんが声を発した。
ちょうど複合施設は閉店の時間で、待ち合わせた時より静かで暗い。
「きみの家を詮索する気はないけど、ひとりで歩いて帰すのは心配だな」
チッカチッカとハザードランプの音が響く車内で、私のシートベルトを外す手が止まる。
「すみません。二つ目の信号を左に曲がって、コンビニの前まで行ってもらえますか?」
「はい」
私はシートベルトを外さずに、男性に言った。
「峰濱さん、コンビニで買い物はありませんか?」
素直に話しの続きがしたいと言えない私の、精いっぱい。
峰濱さんは三秒で返事をした。
「ある」
良かった。
このまま帰ったら、また眠れない気がする。
コンビニに着いて峰濱さんが少し待っていてほしいと言うと、男性がシートベルトを外した。
「コンビニで買い物をしたいので、私が降りますよ」
なんて気遣いのできる人だろう。
男性はコンビニに入って行き、私たちはまた静かな車内で見つめ合う。
「峰濱さん――」
「――ごめん。ホテルで格好つけたことを言っておきながら、誤解を招く言い方をした」
「え?」
「俺はきみを好きになりたい。というかもう好きだと思う」
駐車場の一番端に停めたせいか、ホテルの駐車場よりずっと静かで、峰濱さんの低い声がやけに響いて聞こえる。
「たった三回会っただけだけど、二人で食事して楽しいと思ったし、また会いたいとも思う。だけど、きみは恋人と別れたばかりで、別れ方を考えたらすぐに俺と付き合って欲しいと言っても……受け入れられない気がしてる」
それで……。
「軽率に聞こえるかもしれないけど――」
峰濱さんがコクッと喉仏を上下させて唾を飲むのが見えた。
そして、そうして紡ぐ言葉の重みを感じ、ドキドキする。
「――きみと愛し合いたい」
「……えっ!?」
漠然と好意を伝えられると思っていた私は、愛という言葉に面食らってしまう。
それは彼も同じようで、言ってから小さく「あっ」と喉を鳴らしたのが聞こえた。
「ちょっと待って」
峰濱さんが片手で額を押さえ、項垂れる。
私も戸惑い、彼から目を背けた。
「嘘じゃないんだけど、なんか――」
コンコンと遠慮がちなノックが聞こえ、彼が振り向く。
五十代くらいの男性が、窓の向こうで小さくお辞儀をした。
運転代行の人だろう。
峰濱さんが窓を開けると、男性がカードを差し出した。
男性が差し出したのは運転免許証で、峰濱さんはその名前と自分の予約カードの名前を確認して、彼に免許証を返した。
男性が運転席に乗り込み、座席やミラーの位置を変え、シートベルトを締めた。
峰濱さんが、四時間前に私を迎えに来た場所を伝えると、男性は私たちにもシートベルトをするように言い、車を発進させた。
およそ三十分間、私たちは無言だった。
お互いに、さっきの話の続きを第三者の前、背後でする気はなく、私はうるさい鼓動が彼に聞こえないように願いながら、窓の外を眺めていた。
「ここでいいの?」
待ち合わせた場所に着いてようやく、峰濱さんが声を発した。
ちょうど複合施設は閉店の時間で、待ち合わせた時より静かで暗い。
「きみの家を詮索する気はないけど、ひとりで歩いて帰すのは心配だな」
チッカチッカとハザードランプの音が響く車内で、私のシートベルトを外す手が止まる。
「すみません。二つ目の信号を左に曲がって、コンビニの前まで行ってもらえますか?」
「はい」
私はシートベルトを外さずに、男性に言った。
「峰濱さん、コンビニで買い物はありませんか?」
素直に話しの続きがしたいと言えない私の、精いっぱい。
峰濱さんは三秒で返事をした。
「ある」
良かった。
このまま帰ったら、また眠れない気がする。
コンビニに着いて峰濱さんが少し待っていてほしいと言うと、男性がシートベルトを外した。
「コンビニで買い物をしたいので、私が降りますよ」
なんて気遣いのできる人だろう。
男性はコンビニに入って行き、私たちはまた静かな車内で見つめ合う。
「峰濱さん――」
「――ごめん。ホテルで格好つけたことを言っておきながら、誤解を招く言い方をした」
「え?」
「俺はきみを好きになりたい。というかもう好きだと思う」
駐車場の一番端に停めたせいか、ホテルの駐車場よりずっと静かで、峰濱さんの低い声がやけに響いて聞こえる。
「たった三回会っただけだけど、二人で食事して楽しいと思ったし、また会いたいとも思う。だけど、きみは恋人と別れたばかりで、別れ方を考えたらすぐに俺と付き合って欲しいと言っても……受け入れられない気がしてる」
36
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
冷たい外科医の心を溶かしたのは
みずほ
恋愛
冷たい外科医と天然万年脳内お花畑ちゃんの、年齢差ラブコメです。
《あらすじ》
都心の二次救急病院で外科医師として働く永崎彰人。夜間当直中、急アルとして診た患者が突然自分の妹だと名乗り、まさかの波乱しかない同居生活がスタート。悠々自適な30代独身ライフに割り込んできた、自称妹に振り回される日々。
アホ女相手に恋愛なんて絶対したくない冷たい外科医vsネジが2、3本吹っ飛んだ自己肯定感の塊、タフなポジティブガール。
ラブよりもコメディ寄りかもしれません。ずっとドタバタしてます。
元々ベリカに掲載していました。
昔書いた作品でツッコミどころ満載のお話ですが、サクッと読めるので何かの片手間にお読み頂ければ幸いです。
優しい彼
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私の彼は優しい。
……うん、優しいのだ。
王子様のように優しげな風貌。
社内では王子様で通っている。
風貌だけじゃなく、性格も優しいから。
私にだって、いつも優しい。
男とふたりで飲みに行くっていっても、「行っておいで」だし。
私に怒ったことなんて一度もない。
でもその優しさは。
……無関心の裏返しじゃないのかな。
【完結】指先が触れる距離
山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。
必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。
「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。
手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。
近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる