愛が全てじゃないけれど

深冬 芽以

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4.差し伸べられた手

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「ただ、恋人のキスを見たきみに失礼なことを言ってしまったことや、きみが彼とどうなったのかが……気になって仕方がなかった。だから、ミノリさんにきみか草下さんが店に来たら知らせてほしいと頼んでおいたんだ」


 それで……。


「軽率に聞こえるかもしれないけど――」

 峰濱さんがコクッと喉仏を上下させて唾を飲むのが見えた。

 そして、そうして紡ぐ言葉の重みを感じ、ドキドキする。

「――きみと愛し合いたい」

「……えっ!?」

 漠然と好意を伝えられると思っていた私は、愛という言葉に面食らってしまう。

 それは彼も同じようで、言ってから小さく「あっ」と喉を鳴らしたのが聞こえた。

「ちょっと待って」

 峰濱さんが片手で額を押さえ、項垂れる。

 私も戸惑い、彼から目を背けた。

「嘘じゃないんだけど、なんか――」

 コンコンと遠慮がちなノックが聞こえ、彼が振り向く。

 五十代くらいの男性が、窓の向こうで小さくお辞儀をした。

 運転代行の人だろう。

 峰濱さんが窓を開けると、男性がカードを差し出した。

 男性が差し出したのは運転免許証で、峰濱さんはその名前と自分の予約カードの名前を確認して、彼に免許証を返した。

 男性が運転席に乗り込み、座席やミラーの位置を変え、シートベルトを締めた。

 峰濱さんが、四時間前に私を迎えに来た場所を伝えると、男性は私たちにもシートベルトをするように言い、車を発進させた。

 およそ三十分間、私たちは無言だった。

 お互いに、さっきの話の続きを第三者の前、背後でする気はなく、私はうるさい鼓動が彼に聞こえないように願いながら、窓の外を眺めていた。

「ここでいいの?」

 待ち合わせた場所に着いてようやく、峰濱さんが声を発した。

 ちょうど複合施設は閉店の時間で、待ち合わせた時より静かで暗い。

「きみの家を詮索する気はないけど、ひとりで歩いて帰すのは心配だな」

 チッカチッカとハザードランプの音が響く車内で、私のシートベルトを外す手が止まる。

「すみません。二つ目の信号を左に曲がって、コンビニの前まで行ってもらえますか?」

「はい」

 私はシートベルトを外さずに、男性に言った。

「峰濱さん、コンビニで買い物はありませんか?」

 素直に話しの続きがしたいと言えない私の、精いっぱい。

 峰濱さんは三秒で返事をした。

「ある」

 良かった。

 このまま帰ったら、また眠れない気がする。

 コンビニに着いて峰濱さんが少し待っていてほしいと言うと、男性がシートベルトを外した。

「コンビニで買い物をしたいので、私が降りますよ」

 なんて気遣いのできる人だろう。

 男性はコンビニに入って行き、私たちはまた静かな車内で見つめ合う。

「峰濱さん――」

「――ごめん。ホテルで格好つけたことを言っておきながら、誤解を招く言い方をした」

「え?」

「俺はきみを好きになりたい。というかもう好きだと思う」

 駐車場の一番端に停めたせいか、ホテルの駐車場よりずっと静かで、峰濱さんの低い声がやけに響いて聞こえる。

「たった三回会っただけだけど、二人で食事して楽しいと思ったし、また会いたいとも思う。だけど、きみは恋人と別れたばかりで、別れ方を考えたらすぐに俺と付き合って欲しいと言っても……受け入れられない気がしてる」
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