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5章 必要とされない者
5-17 受け入れられることのない謝罪 ◆ルイ視点◆
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◆ルイ視点◆
「リアムくん、話を聞いてくれませんか?」
あの女性が砦で買い物をしてルンルンで帰っていった後、私はリアムに言った。
深い深いため息の後。
「ルイ・ミミス様は砦に何をお望みで?貴方にはこんな西の果ても果ての砦なんて必要ないでしょう」
「今回のことは済まないと思っている」
「今回のことは」
「今回のことも」
素早く言い直した。
沈黙が続く。
「この男爵領を自治領にしてほしいなー」
「っ、私にそんな権限はない」
「それも絶対不可侵のー。後の国王が何を言ってもはねのけられるくらいのものを」
それでも、リアムは言葉を続ける。
リアムにはあの女性と話していたときの笑顔はどこにもない。
「そのぐらいの約束がないと、貴方がたからこの砦は守れなさそうだよね」
私もしっかりと加えられている。
今回の件の加害者に。
表向きは、あの伯爵の罰金刑で終結した。伯爵はそのまま伯爵のままだ。彼は領地に籠るだろうが、国王に楯突いたわけではないので、国からは何のお咎めもない。辺境の地で処罰されただけ、貴族同士が揉めただけ、表向きはそれだけだ。
「税金とか、ある一定の法律は守るんだからさー。あのクズ親父にはここが自治領になろうが、今のままだろうがあんまり関係はないだろうけど、砦には重要だよね」
「それは、そうだが」
「教育どころか躾もできず、子供を我が儘に育てて放置しているんだよなあ。国民の命を無駄にするような者が国王になる国なら、こんな国なんかなくなっても良いんじゃないか」
あの子はリアムにちょっかいをかける子供だ。
王都では極西の砦のリアムが王子として生まれていたのなら、と裏で言われ続けている。いや、表立って言う者も増えてきた。
リアムは王子のことなんか何とも思っていないが、王子にとってみればリアムの優秀さは目の上のたんこぶ状態だ。
だから、隙あれば、動ける駒を砦に向かわせる。
国王も王妃も王子にはひたすら甘い。
監視の目も緩い。
だが。
王子はもう十五歳だ。
分別のつく大人でなければならないのに、彼は成人しているが、まだ王太子ではない。
本当なら成人の儀とともに王太子となる予定だったが、時期尚早として高位の貴族たちが揃って反対した。
今の彼には後ろ盾となる者がいないのだ。
そして、味方になろうと擦り寄る者でさえあんな扱いをした。
あの伯爵の扱いを見て、少数はいたはずの彼に付き従おうとする者はいなくなってしまった。
操り人形にしようとする者すらいないのは、滑稽とさえ言える。
王都ではもはや救いようのない馬鹿とさえ思われている。
王子は勉強はできる。成績は良い。が、国を治める器だとは思われていない。
だから、婚約者さえ正式に決まっていない。候補は何人かいるが、その家がすべて難色を示している。
「それとも、お前らにとって砦の冒険者は国民と呼べないのか?」
「国民だ。紛れもなく」
私は断言した。
砦に不祥事が起これば、リアム・メルクイーンの株が下がる、とあの子は単純に思っている。
浅はかだ。
考えが幼すぎる。
今回の伯爵の件では真相に気づいた貴族たちが国王に詰め寄った。
我々貴族を捨て駒にするような王子を国王にするのは認めない、と。
国王は王子が魔法学園を卒業したら、すぐさま王子を王太子にしようと思っていた。
それも延期になった。
今の状態で王太子にしたら、暗殺されるのが関の山だ。
後ろ盾のない国王では実権が伴わない。
そう、砦に不祥事が出た原因が王子だとわかれば、王子は国民を犠牲にしようとした愚かな権力者だ。
そんな者が権力を握っているのなら、権力者という立場から排除しようとする。
リアムは私を見た。
「お前は何しにここに来た。俺の時間を無駄にしに来たのか?」
「リアム、私には敵意がないことをわかってほしい」
「とめられるのに放置したのなら同罪だ。それ以上に何がある」
ひたすらにキツイ。
コレが年下の人間の言葉なのだろうか。
彼はわかっていて言っている。私がどのような身分の人間なのかを。
だからこそ、彼しか私には言えないのだろう。この地では男爵家の人間の方が優位なのだから。
彼は砦を守るために必要ない者に媚び諂う人間ではない。
「言い方を変えるか?とめられる権力を持った人間がとめなくて、誰がとめることができるんだ?」
「抑えていたんだが、隙を突かれた」
「ふーん、そっかー。で?」
「我々も努力をしている。今後はこのようなことがないように」
ひたすら冷たい目で返された。私は途中で言葉をとめてしまった。
「それで、また同じことを繰り返すのか。そして、また口だけの謝罪だけすれば良いと?」
「それは」
「王都にいる人間にはここからでは手を出せない。他の貴族でも他領に手を出したら、今回のように処罰される。ただし、位が低かったり、王族が懇意にしている貴族相手ならなあなあに終わるが。本来なら黒幕は犯罪者だ。裁かれるべき人間だ」
「その通りです」
お前たちは証拠も握っているのに何もしない、とその目は言っている。
本来ならば伯爵が負った罰金は、それ以上を黒幕が払わなければならない金額だ。
黒幕は何もしない。失敗した伯爵がすべて悪く、自分が負う責務は何一つないものだと思っている。
すべて、国王が尻拭いをしているのだが。
「、、、ほら、いくら俺が正論を吐いたところで、お前たちは何も動いていないだろ?すべてわかっているのに。俺は他人には何も期待しない。だから、お前らも邪魔をするな」
彼を放置しているこの国の王族も貴族もすべて、悪。
おそらくリアムはハーラット侯爵家にも何も期待していない。
話を聞いていると、クリスと仲良くしているように思えるが、そうではない。
侯爵家さえ砦のために動くことなどありえないと思っている。
反対に、動いたら下心を疑うのだろう。
何もしなければ、何もしない。
つまり、何かをした場合は。
冒険者は殴られたら殴り返せ、が基本である。
やるならやり返す。
ここは辺境の地だ。
けれど、砦が崩されたら、この国の平和は崩れる。
メルクイーン男爵は国に対しては力を持たない。
王都の社交界にも出ないので、一切の発言力もない。今の男爵は国に何の要望も出さないが。
けれど、男爵家はこの地では力を持っている。
昔のように魔物が蔓延ったら、男爵領だけでなく国土の三分の一、いや半分以上は魔物の脅威に怯えながらの生活を余儀なくされる。S級以上の魔物は国土を一瞬にして焦土に変える。ダンジョンから出したら、国はかなりの大損害を与えられる。
それだけ、メルクイーン男爵領は我が国には重要な土地だ。
この国は男爵領を蔑ろにしながら、砦がなければ成り立たない。
いびつな構造だ。
リアムは私がこの場に何も成果を持って来ていないことに失望すらしていない。
何も期待していないから、私のところにさえ来なかった。
もう釘を刺しに行く時間さえ惜しいと思われてしまったのだ。
何もしないから。
メルクイーン男爵領にも、砦にも、何もしない。口だけの謝罪はこの国では意味がないのに、私はそれをした。
あの子を我が儘だ、甘やかされていると思いながら、自分もそうであったことに気づけなかった。
リアムの目からすれば、私も傲慢に映るのだろう。
私も守られている立場にいる人間でしかない。
国王は尻拭いをした。
けれど、それはこのメルクイーン男爵領やリアムには関係のないところで。
王族や貴族を宥めたからといって何になろう。
一番迷惑を被った砦には何もない。
それはリアムからしたら何もしていないと同じだ。
自治領と言う言葉が出たのは、今の国王でさえ、リアムは従いたくないのだろう。
「自治領まではいかなくても、それに近い権利を手に入れることができれば満足か」
私はリアムに言う。
もうリアムは私を見ていなかった。
「砦に手を出してくる奴なんて死ねばいいのに」
リアムが小さく言った後、何事もなかったように立ち去った。
「リアムくん、話を聞いてくれませんか?」
あの女性が砦で買い物をしてルンルンで帰っていった後、私はリアムに言った。
深い深いため息の後。
「ルイ・ミミス様は砦に何をお望みで?貴方にはこんな西の果ても果ての砦なんて必要ないでしょう」
「今回のことは済まないと思っている」
「今回のことは」
「今回のことも」
素早く言い直した。
沈黙が続く。
「この男爵領を自治領にしてほしいなー」
「っ、私にそんな権限はない」
「それも絶対不可侵のー。後の国王が何を言ってもはねのけられるくらいのものを」
それでも、リアムは言葉を続ける。
リアムにはあの女性と話していたときの笑顔はどこにもない。
「そのぐらいの約束がないと、貴方がたからこの砦は守れなさそうだよね」
私もしっかりと加えられている。
今回の件の加害者に。
表向きは、あの伯爵の罰金刑で終結した。伯爵はそのまま伯爵のままだ。彼は領地に籠るだろうが、国王に楯突いたわけではないので、国からは何のお咎めもない。辺境の地で処罰されただけ、貴族同士が揉めただけ、表向きはそれだけだ。
「税金とか、ある一定の法律は守るんだからさー。あのクズ親父にはここが自治領になろうが、今のままだろうがあんまり関係はないだろうけど、砦には重要だよね」
「それは、そうだが」
「教育どころか躾もできず、子供を我が儘に育てて放置しているんだよなあ。国民の命を無駄にするような者が国王になる国なら、こんな国なんかなくなっても良いんじゃないか」
あの子はリアムにちょっかいをかける子供だ。
王都では極西の砦のリアムが王子として生まれていたのなら、と裏で言われ続けている。いや、表立って言う者も増えてきた。
リアムは王子のことなんか何とも思っていないが、王子にとってみればリアムの優秀さは目の上のたんこぶ状態だ。
だから、隙あれば、動ける駒を砦に向かわせる。
国王も王妃も王子にはひたすら甘い。
監視の目も緩い。
だが。
王子はもう十五歳だ。
分別のつく大人でなければならないのに、彼は成人しているが、まだ王太子ではない。
本当なら成人の儀とともに王太子となる予定だったが、時期尚早として高位の貴族たちが揃って反対した。
今の彼には後ろ盾となる者がいないのだ。
そして、味方になろうと擦り寄る者でさえあんな扱いをした。
あの伯爵の扱いを見て、少数はいたはずの彼に付き従おうとする者はいなくなってしまった。
操り人形にしようとする者すらいないのは、滑稽とさえ言える。
王都ではもはや救いようのない馬鹿とさえ思われている。
王子は勉強はできる。成績は良い。が、国を治める器だとは思われていない。
だから、婚約者さえ正式に決まっていない。候補は何人かいるが、その家がすべて難色を示している。
「それとも、お前らにとって砦の冒険者は国民と呼べないのか?」
「国民だ。紛れもなく」
私は断言した。
砦に不祥事が起これば、リアム・メルクイーンの株が下がる、とあの子は単純に思っている。
浅はかだ。
考えが幼すぎる。
今回の伯爵の件では真相に気づいた貴族たちが国王に詰め寄った。
我々貴族を捨て駒にするような王子を国王にするのは認めない、と。
国王は王子が魔法学園を卒業したら、すぐさま王子を王太子にしようと思っていた。
それも延期になった。
今の状態で王太子にしたら、暗殺されるのが関の山だ。
後ろ盾のない国王では実権が伴わない。
そう、砦に不祥事が出た原因が王子だとわかれば、王子は国民を犠牲にしようとした愚かな権力者だ。
そんな者が権力を握っているのなら、権力者という立場から排除しようとする。
リアムは私を見た。
「お前は何しにここに来た。俺の時間を無駄にしに来たのか?」
「リアム、私には敵意がないことをわかってほしい」
「とめられるのに放置したのなら同罪だ。それ以上に何がある」
ひたすらにキツイ。
コレが年下の人間の言葉なのだろうか。
彼はわかっていて言っている。私がどのような身分の人間なのかを。
だからこそ、彼しか私には言えないのだろう。この地では男爵家の人間の方が優位なのだから。
彼は砦を守るために必要ない者に媚び諂う人間ではない。
「言い方を変えるか?とめられる権力を持った人間がとめなくて、誰がとめることができるんだ?」
「抑えていたんだが、隙を突かれた」
「ふーん、そっかー。で?」
「我々も努力をしている。今後はこのようなことがないように」
ひたすら冷たい目で返された。私は途中で言葉をとめてしまった。
「それで、また同じことを繰り返すのか。そして、また口だけの謝罪だけすれば良いと?」
「それは」
「王都にいる人間にはここからでは手を出せない。他の貴族でも他領に手を出したら、今回のように処罰される。ただし、位が低かったり、王族が懇意にしている貴族相手ならなあなあに終わるが。本来なら黒幕は犯罪者だ。裁かれるべき人間だ」
「その通りです」
お前たちは証拠も握っているのに何もしない、とその目は言っている。
本来ならば伯爵が負った罰金は、それ以上を黒幕が払わなければならない金額だ。
黒幕は何もしない。失敗した伯爵がすべて悪く、自分が負う責務は何一つないものだと思っている。
すべて、国王が尻拭いをしているのだが。
「、、、ほら、いくら俺が正論を吐いたところで、お前たちは何も動いていないだろ?すべてわかっているのに。俺は他人には何も期待しない。だから、お前らも邪魔をするな」
彼を放置しているこの国の王族も貴族もすべて、悪。
おそらくリアムはハーラット侯爵家にも何も期待していない。
話を聞いていると、クリスと仲良くしているように思えるが、そうではない。
侯爵家さえ砦のために動くことなどありえないと思っている。
反対に、動いたら下心を疑うのだろう。
何もしなければ、何もしない。
つまり、何かをした場合は。
冒険者は殴られたら殴り返せ、が基本である。
やるならやり返す。
ここは辺境の地だ。
けれど、砦が崩されたら、この国の平和は崩れる。
メルクイーン男爵は国に対しては力を持たない。
王都の社交界にも出ないので、一切の発言力もない。今の男爵は国に何の要望も出さないが。
けれど、男爵家はこの地では力を持っている。
昔のように魔物が蔓延ったら、男爵領だけでなく国土の三分の一、いや半分以上は魔物の脅威に怯えながらの生活を余儀なくされる。S級以上の魔物は国土を一瞬にして焦土に変える。ダンジョンから出したら、国はかなりの大損害を与えられる。
それだけ、メルクイーン男爵領は我が国には重要な土地だ。
この国は男爵領を蔑ろにしながら、砦がなければ成り立たない。
いびつな構造だ。
リアムは私がこの場に何も成果を持って来ていないことに失望すらしていない。
何も期待していないから、私のところにさえ来なかった。
もう釘を刺しに行く時間さえ惜しいと思われてしまったのだ。
何もしないから。
メルクイーン男爵領にも、砦にも、何もしない。口だけの謝罪はこの国では意味がないのに、私はそれをした。
あの子を我が儘だ、甘やかされていると思いながら、自分もそうであったことに気づけなかった。
リアムの目からすれば、私も傲慢に映るのだろう。
私も守られている立場にいる人間でしかない。
国王は尻拭いをした。
けれど、それはこのメルクイーン男爵領やリアムには関係のないところで。
王族や貴族を宥めたからといって何になろう。
一番迷惑を被った砦には何もない。
それはリアムからしたら何もしていないと同じだ。
自治領と言う言葉が出たのは、今の国王でさえ、リアムは従いたくないのだろう。
「自治領まではいかなくても、それに近い権利を手に入れることができれば満足か」
私はリアムに言う。
もうリアムは私を見ていなかった。
「砦に手を出してくる奴なんて死ねばいいのに」
リアムが小さく言った後、何事もなかったように立ち去った。
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