婿入りしてくるはずの男と婚約破棄したので新しい婚約者を調達したいと思います。目星はついているのでご安心ください。

(旧32)光延ミトジ

文字の大きさ
3 / 10
本編

2_持つべきものは頼れる恩師

しおりを挟む

 フェルナンド・バーバリー、二十三歳。

 彼は、私の父が領主をしているサースロック伯爵領に隣接する、小規模な領地を治める子爵家の三男だ。同じ年に生まれたこと、家業が密接に関わる両家の仲を深められること、その他諸々の事情が重なって、彼は男児のいない我が伯爵家に婿入りすることになっていた。

 婚約したのは十五歳の時。それからすぐ、十六歳から十八歳の間、私たちは王都にある魔法学園に通って、これまでの幼馴染としての関係ではなく、婚約者としての新たな関係を築き、今に至る……と思っていたのだけど、現実はこれ。

 何が悪かったのだろうか。

 卒業してすぐ結婚すれば良かったのか。だけどフェルナンドは学園に残って研究を続けたいと言っていたし、私も家業を学ぶのに忙しくて、すぐに結婚という気は起きなかった。幸いにも両親は健在で、跡継ぎを急いでいなかったこともあり、私たちは五年間の婚約期間延長を決めたのだ。

 その五年の果て、婚約者は神聖王国魔法学園の講師の職を得て、教え子に邪な感情を抱き、盛大なやらかしに加担して断罪されてしまったというわけだ。あーあ、何やってるのよ、ホントにさ。

「ま、今となっては元婚約者なんですけど!」
「そうでしょうね。異性関係に問題のある人間を家に入れるわけにはいきません。相手が格下の家柄であればなおさらです。貴族はメンツで生きる者……情に絆され、甘い処罰をして、他家に舐められでもしたらおしまいですよ」
「正論すぎてぐうの音も出ません、教授」

 神聖王国魔法学園。

 魔力を持つ貴族の子女は、十六歳になる年から三年間、この学園に身を置くことが義務付けられている。国を動かす貴族の子女に教育を施す立場から、学園の指導者というのは大変名誉な職業で、権力に対して強い影響力を持っていた。

 そんな学園の魔法薬学の教授であるシグルド・シーガイア氏は、私の恩師にあたる人物だ。年齢は三十三歳。教授陣の中では若手といえる年齢だった。つまりそれは彼が優秀だということの証明に他ならない。

 学園の研究室に押しかけた私を、彼は嫌そうな顔をしながらも中に招き入れてくれた。整頓されているけれど、物が多いせいで雑多な印象を受ける空間だ。皮のソファに積まれていた本を床に移動させて空いた場所に腰を下ろし、私は例のパーティーの顛末を話す。残念ながら、教授が淹れてくれた紅茶を楽しむ余裕はなかった。

 卒業後、教授と手紙のやり取りはしていたけど、こうして実際に顔を合わせるのは久し振りだ。今から五年前、私が学生だった頃と外見はあまり変わっていない。

 教鞭を執る以外は研究室にこもっているせいか、相も変わらず、不健康そうな青白い肌。研究者用の白衣を纏った身体は細く、背が高いこともあってひょろりとした印象だ。蛇を彷彿とさせる神経質そうな顔立ちも、不機嫌そうに見える眉間の皺も、あの頃と同じだ。

「彼も愚かなことをしたものです。きみとの婚約を反故にし、子爵家の三男が伯爵家に婿入りできる幸運を自ら手放すとは」
「あ、そういえば彼、実家から勘当されたそうですよ」

 我が家で謝り倒していた彼の両親が言っていた。昔からよく知るふたり――おじさまとおばさまが平身低頭、謝罪する姿を見るのは、なかなかに居心地が悪かった。その一方、私の両親は呆れ果てているのか非常に淡々としていて……まあ、もっとも、今後の取引に厳しい条件を科していたから、それなりに怒ってはいたのだろうが。

「勘当ですか。自業自得ですね。伯爵家との繋がりを足蹴にした上、怒りを買ったんです。少し考えれば、そうなることくらいわかりそうなものですが」
「確か、学園も解雇されたとか」
「当然でしょう。教え子を異性として見る教師に、我が子を預けたい貴族がいるものですか。そこそこ優秀な彼が、そこまで考えが及ばなかったとは思えません。貴族という身分をなくし、職を失ってもなお、魔法薬学者として大成できる自信があったのでしょうな」
「ええ。自信過剰なところがありましたから」

 冷たいかもしれないが、フェルナンドがこれからどうやって生きていくか、それは私の考えるべきことじゃないのだろう。幼馴染みで元婚約者ではあるけれど、お互いの家や私を裏切った相手に甘い顔はできない。彼の軽率な行動のせいで、領民にまで被害が及ぶ可能性もあった。貴族としての自覚がなさすぎる。上に立つ者の影響力がどれほどのものか想像したこともないのか。

「許すことはできませんが、フェルナンドのことはもうどうでもいいんです……いや、良くはないんですけど、それよりも問題なのは、私がキズモノの令嬢になったってことですよ。はっはっはー」
「キズモノですか。どちらが有責か、はっきりしていると思いますがね」
「関係ありませんよ。こういう時の女って立場は弱いものなんです。婚約破棄された女も婚約破棄した女も、次を見つけるのは簡単ではありません」

 今思うと、私はパーティー会場で婚約破棄を申し渡されたアイリス嬢を心配できるような立場ではなかった。観衆の一部になって、野次馬根性丸出しでワクワクしていたけれど、あの時すでに私は騒動の渦中にいたのだ。

 アイリス嬢は新しく王太子に選ばれた第二王子と、仲睦まじくしているらしい。相変わらず王妃を約束されたままの彼女を、キズモノの令嬢と嘲笑う馬鹿はいないだろう。結局のところ、彼女は傷なんて負わなかった。むしろアイリス嬢のメンツはクリアコーティングされてピッカピカだ。

「私、もう二十三ですよ。結婚適齢期が十八歳前後のこの国で、今から婿探しをするなんて、だいぶ無理難題すぎません?」
「深刻そうに聞こえないのは何故でしょうね」
「楽観的だと笑います?」
「いいえ。サースロック伯爵家といえば、神聖王国内有数の資産家であることはもちろん、大陸規模でも他に類を見ないほどの魔法生物の権威ですから。婿入りを熱望する者は少なくないでしょう」

 世界中に魔法生物と呼ばれる生き物が存在しているが、それらを捕獲あるいは保護して、飼育、研究、繫殖させて多くの成果をあげているのは、世界中を見ても我が家くらいなものだ。サースロック伯爵家は広大な土地と資金、優秀な人材を手にしていて、遥か昔から家業としてそれらを行っていた。

 魔法生物――例えば一角獣やケルベロスなどの、爪や角、唾液をはじめとする分泌物は魔法薬の材料として高値で取り引きされている。神聖王国では過去数度、国家事業として飼育を行おうとしたが、ことごとく失敗。その際の投資を回収できず赤字に終わったのは有名な話だ。

「婚約の申し込みがあったのなら、さっさと受けるといい。次は間を空けずに結婚してしまいなさい」
「わかってませんね」
「はい?」
「教授は賢い方ですが、ぜんっぜん……もう一度言いますが、ぜんっぜん、わかってません!」

 きっぱり言い切れば、彼は不可解そうな顔をした。

「同年代の優良物件はすでに売約済みなんです。つまり、今申し込んできているのは、何か問題があって売れ残っていた面々ってことです」
「なるほど。キズモノにされた娘であれば、落ちぶれて腐っていくだけの穀潰しでも受け入れざるを得ないと、足元を見られているのですね」
「ざっくり言うとそうです。次世代の次男以下を狙う手もありますが、その辺りに手を出したら結婚までに時間がかかって、今回の二の舞になりかねません。それに面白おかしく噂されるのは目に見えてます」
「君もバーバリーも年下好きだ、と?」
「噂雀はその手の話が好物ですから」

 今回の騒動については緘口令が敷かれている。けれどあれだけ多くの貴族が集まる場所で披露された愚行は、いわゆる公然の秘というもので。そして大っぴらに話しはしないが、民衆にとって貴族の愚行ほど面白い与太話もないわけで。愚か者たちへの断罪も含めて、誰もが知る醜聞となっていた。

 多くの人の間で交わされる度に真実は歪曲する。噂好きの雀たちは嘘とも真ともわからない話に花を咲かせていて、また新しい醜聞が出るまでは今回の話題を引っ張り続けるだろう。

「教授、どうして私が現状、そこまで深刻に鬱々としていないと思います?」
「さて、わかりかねますな」
「……考える気もなかったでしょう?」
「貴族の考えなど、私に理解できるはずもありません」
「そんな風に言いますけど、教授だって貴族の出じゃないですか」
「領地も持たない男爵家の六男など、その辺の平民と変わりません。家を出されるまで、生活の水準で言えば裕福な商人や平民より下でしたよ」
「それでも、貴族は貴族です」
「あえて分類をするのであればそうでしょうね」
「だったら何も問題ありません」

 私はにっこり笑って立ち上がると、教授の隣にそそくさと移動する。彼は眉間の皺を深くして怪訝そうな顔をしたが、わざわざ追及する必要もなく、気付かなかったフリをすることにした。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

義母と義妹に虐げられていましたが、陰からじっくり復讐させていただきます〜おしとやか令嬢の裏の顔〜

有賀冬馬
ファンタジー
貴族の令嬢リディアは、父の再婚によりやってきた継母と義妹から、日々いじめと侮蔑を受けていた。 「あら、またそのみすぼらしいドレス? まるで使用人ね」 本当の母は早くに亡くなり、父も病死。残されたのは、冷たい屋敷と陰湿な支配。 けれど、リディアは泣き寝入りする女じゃなかった――。 おしとやかで無力な令嬢を演じながら、彼女はじわじわと仕返しを始める。 貴族社会の裏の裏。人の噂。人間関係。 「ふふ、気づいた時には遅いのよ」 優しげな仮面の下に、冷たい微笑みを宿すリディアの復讐劇が今、始まる。 ざまぁ×恋愛×ファンタジーの三拍子で贈る、スカッと復讐劇! 勧善懲悪が好きな方、読後感すっきりしたい方にオススメです!

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

【完結】何でも奪っていく妹が、どこまで奪っていくのか実験してみた

東堂大稀(旧:To-do)
恋愛
 「リシェンヌとの婚約は破棄だ!」  その言葉が響いた瞬間、公爵令嬢リシェンヌと第三王子ヴィクトルとの十年続いた婚約が終わりを告げた。    「新たな婚約者は貴様の妹のロレッタだ!良いな!」  リシェンヌがめまいを覚える中、第三王子はさらに宣言する。  宣言する彼の横には、リシェンヌの二歳下の妹であるロレッタの嬉しそうな姿があった。  「お姉さま。私、ヴィクトル様のことが好きになってしまったの。ごめんなさいね」  まったく悪びれもしないロレッタの声がリシェンヌには呪いのように聞こえた。実の姉の婚約者を奪ったにもかかわらず、歪んだ喜びの表情を隠そうとしない。  その醜い笑みを、リシェンヌは呆然と見つめていた。  まただ……。  リシェンヌは絶望の中で思う。  彼女は妹が生まれた瞬間から、妹に奪われ続けてきたのだった……。 ※全八話 一週間ほどで完結します。

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

処理中です...