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本編
3_決して、代替案ではありませんでした*
しおりを挟む教授――シグルド・シーガイア様との婚約は、なんの不平不満や条件が出ることもなく、両家にあっさりと認めてもらえた。我が家に至っては、どうぞ身ひとつで来てください、むしろ支度金はいくらでも払いますし! と、かなり前のめりだ。
ま、それもそうだろう。キズモノになった娘が前の婚約者よりもスペックが高く、条件のいい、価値ある婿を用意したのだから、文句なんて出るはずもない。教授……ではなくて、シグルド様が挨拶に来てくれた時、両親をはじめ一族の面々は諸手を挙げて歓迎した。それはもう、当事者がドン引きするくらいに。
婚約期間は一年。貴族の婚約期間としては短いが、結婚準備は元婚約者の時から進めていたので間に合わないということはない。加えて、当人は追放されているが、フェルナンドの実家が払ってくれた慰謝料や違約金を全て結婚式の費用にプラスさせてもらった。元婚約者からもらったお金を資金にするなんて……と、殊勝なことを考える人物は一族にいない。みんなランクアップした料理に舌鼓を打っていた。
二十四歳の初夏。
多くの人々に祝福される中、私はシグルド様と結婚した。
領内の教会に領民や事業の関係者を招き、王都の聖教会本部から来てくれた司祭様に式を執り行ってもらった。そのあとは伯爵家の居城で披露宴を行い、領地を挙げての結婚式は三日三晩続くことになる――。
――のだけど、残念ながら私は最後まで参加することができなかった。主役なのに初日しかみんなに顔を見せてない。何せ初日の夜……世間一般で言うところの初夜で、夫になったシグルド様に抱き潰されてしまったのだ――。
話は初夜の寝室に遡る――。
ベッドに腰かけて何杯目かのワインを口にしていると、シグルド様が寝室に入ってきた。結婚式のためにあつらえたオフホワイトの衣装はすでに着替えたのか、普段の彼らしい落ちついた色味の服を着ている。
こんな時まで眉間に皺を寄せているなんて。彼らしいと言えば彼らしいがせめて初夜くらいと思わなくもない。もう少しにこやかに……ううん、やめておこう。にこやかな顔をしたシグルド様なんて想像するのも不気味だ。
「緊張しているのはわかりますが飲みすぎです。そんなことでは最後まで起きていられませんぞ」
「……いっそのこと、さっさと眠ってしまいたい気分です」
「何を馬鹿なことを。跡継ぎが欲しい。初夜で子作りするのだと張り切っていたのは君でしょうに」
「張り切ってませんけど!?」
聞き捨てならない言葉に反応すれば、手に持っていたワイングラスを大きな手で奪われた。彼は残っていたワインを一気に呷ると、空いたグラスをベッドサイドのテーブルに置く。そのままシグルド様は服の首元を緩めながら身体を寄せてきて、私はベッドに押し倒された。
展開が早い!
「教授、待ってください!」
「動揺しているようだ。私を教授と呼ぶのはやめると、婚約時に約束したはずですが。飲みすぎて忘れてしまいましたか?」
「お、覚えてますけど……ご存知のとおり、こういったことを当事者として経験するのは、初めてでして……え、えっと……」
「言いたいことは、のちほど聞きます。もういいでしょう。今はおとなしく、私に抱かれていなさい」
骨張った指が私の髪を梳いて耳にかけた。ほんの少し指先が耳に触れただけなのに、心臓が鼓動を早める。すごくドキドキして、何をどうすればいいのか、これっぽっちも考えられない。腕の置き場は? 顔の位置は? 視線は? 自分の身体なのに、どんな風に動かせばいいのかまったくわからなかった。
目を泳がせて答えを探していると、シグルド様が目を細めて私を見ていることに気づいた。これまで、学生時代にも、婚約者だった期間にも見たことがない、優し気な色の瞳だ。なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!? カッと体温が急上昇して、顔が熱くなる。
「メルティ・フィンハート」
「は……はい……」
「私たちの婚姻は、義務でも責任でもありません。もちろん、私が君の浅はかな脅迫に屈したからでもない。初夜に相応しいとはいえないほどの劣情を、長年に渡って抱き続けた男の顔を、その目に焼きつけておきなさい」
「それは――」
どういう意味ですか? と、尋ねる言葉は、シグルド様の口に飲み込まれた。重なった唇。薄っすら開いた隙間から、ねっとりした舌が差し込まれる。ワインの香りがした。
ひとつの口にふたつの舌。身の置き場をなくした私の舌が奥に引っ込むと、前に出てきなさいと叱るかのように彼の舌が動いた。舌同士が擦れ合い、絡みつく。唾液が溢れた。熱い吐息。水音がやまない激しいキスなのに、私の頭を撫でる手はどこまでも優しかった。
「息は鼻でするんですよ」
「慣れて、いないもので……」
「では、これから慣れていきましょう。キスも、その先も」
大きな手が私の胸を包んだ。思わず身体が跳ねる。メイドたちに着せられた初夜用のナイトドレスは生地が薄く、彼の手の温度も感触も伝わってきた。やわやわと揉まれて形を変える胸は、自分の身体の一部のはずなのに、私の目には妙にいやらしく映る。
固くなった胸の先が、ツンと布地を押し上げた。
「見えますか? 早く触れと言わんばかりに、乳首が固く尖っていますよ」
「っ、そういうこと、言わなくていいですから!」
「何も恥ずかしいことではありません。人体におけるこの部分は、そうなるようにできているんですから」
「あっ」
指の先が乳首をこねる。固い粒を潰すように押し込まれたり、指の腹でさするように撫でられたり。強弱をつけた動きにお腹の奥が熱くなる。乳首をかりかり引っ掻くように指先を上下させられると、身体にじっくり火をつけられたみたいで、どんどん火照っていった。
シグルド様は快楽にとろける私の顔を間近で見ている。恥ずかしい。こんな痴態を晒すなんて。そう思うのに、私はいつの間にか膝頭をこすり合わせていた。
「いい顔ですね。いつもの飄々としている君の、とろけた顔というのは」
「ぅ……ばかに、してます……?」
「まさか。そんなわけないでしょう。可愛らしいと言っているんです」
顔を近付けた彼が、私の頬にキスを落とした。耳にかかった吐息と囁き声が心地いい。シグルド様の体温や香りを濃く感じて、頭の中がふわふわとろけるのがわかった。
ずるい。
いつもは年下の婚約者を甘やかす素振りなんて、全然見せなかったくせに、ベッドの上では言葉にも態度にもしてくれる。そんなことされて、嬉しくないはずがない。
「羞恥に染まる肌の、なんと淫猥な……これまでは自分で慰めていたのですか?」
「そんなことっ、してません……! 自分でも、人に、触られるのも……こんなの、初めてに決まってるじゃないですか!」
「ほう……若い娘盛りの身体で、欲に溺れたことがないとは思えませんが……まあ、いいでしょう。他の男に触らせていないのなら、それだけで及第点です」
こんな状況で採点するなんて、と思わなくもないが、シグルド様は嬉しそうな顔をしている。熱に浮かされた単純な身体は、その表情を向けられているだけで歓喜してしまう。
教授は蛇のような顔でうっそりと微笑むと、薄い唇を舐めた。
近づいてきた身体に、私はしがみつく。細くて折れそうだと思っていた肉体は、意外とがっしりしていて、私が抱きついてもびくともしなかった。
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