婿入りしてくるはずの男と婚約破棄したので新しい婚約者を調達したいと思います。目星はついているのでご安心ください。

(旧32)光延ミトジ

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本編

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 与えられる熱に浮かされて、身体の力が抜けていく。ぼんやりとした頭では、彼がくれるものを享受することしかできない。

「きょ、じゅ……」
「教授ではなく、シグルドです。熱に浮かされて忘れてしまったようですな」
「あ……」

 謝ろうとしたら、キスで口を塞がれる。舌がねじこまれ、息もできないくらいに深く口付けられた。粘膜に包まれた自分の物ではない舌が、歯列をなぞり、上顎をくすぐり、舌同士を絡め合わせる。

 彼のキスに応えられるほどの技術はない。私はされるがまま、ねちっこく絡み合う舌の感触にピクピクと肩を震わせていた。貪るようなディープキス。水音が頭の奥で響いている。流し込まれる唾液を飲み込む。飲み込みきれなかった分が口の端から溢れた。シグルド様はそれをべろっと舐めて、顔を離した。

 息を整えながら見上げていると、彼がフッと笑って服を脱ぐ。青白い顔の痩せた教授だと思っていたが、いつもきっちりと服で隠されていた身体は均整が取れた体躯だ。

「何を満ち足りた顔をしているんです。まだ本番はこれからですよ」
「本番……?」
「子作りをしなくては。それに、君は妻として、夫の昂りをこのままにしておけとは言いませんよね?」
「ぁ……」
「覚えていますか? 君が私にプロポーズした日のことを」

 彼の目が、ゆるりと細められた。

「細く、青白い私と性行為をしたら、死んでしまうのではないかと、無用の心配をしていましたね。ですから私は君を安心させるため、こう言いました。私の生殖能力に問題はありません。初夜を楽しみにしていてください、と」
「あ、あの時は――」
「今から君の処女を奪います。覚えておきなさい。これから先、君を抱くのは私だけです。他の男に触れさせてはいけません」
「えっと……最初から、そんなつもりは、毛頭ありませんよ?」
「わかっています。それでも釘を刺したくなる」
「どうして……?」
「私が、メルティ・フィンハートを愛しているからです」

 愛を告げたことも、告げられたこともなかった。それは始まりの関係が教育者と教え子だったからかもしれないし、押しかけて得た婚約者だったからかもしれないし、ただ、タイミングがなかっただけなのかもしれない。理由はわからない。だけどこれまで、私たちの間に愛の言葉なんてなかった。

 胸の奥が震えた。本当に嬉しくて、涙だってこぼれてきて、彼に言いたいことが山ほどある。

「私も、愛しています」

 言いたいことはあっても、今の私はそれだけ伝えるのが精いっぱいだった。

「泣くんじゃありません」
「だっ、だって……!」
「君が泣きやむのを待っていてもいいのですが、いつまでも我慢できるほど堪え性なわけではないんです」
「っ、シグルドさま……」

 低い声で、名前を呼び返される。愛しげに、切なげに、彼は私の名前を繰り返し音にした。頬を撫でる冷たい指先は、優しい。彼に愛されている。こんなにも。そんなこと気付かなかった。

 婚約を破棄して、最初に思い浮かんだのは教授の顔だ。彼なら助けてくれる。今なら思いを告げても許される。彼と、結婚して、共に生きたいと、そう思って。一年前のあの日、私はシグルド・シーガイア教授の元を訪ねた。

 多幸感で胸がいっぱいだ。頭がふわふわする。

 シグルド様の細身でいて、男らしい骨張った手が両頬に添えられた。ひたいに浮かんだ汗が落ちる。ふわっと、彼が微笑んだ。慈愛に満ちた瞳に、とろけた顔をした私が映っていた。幸せそうに笑っている。

「ああ……これからずっと、君はその顔でいなさい。あの日のような……気を張った、下手くそに笑った顔は……もう、見せるな」
「シグルド様が、愛してくれるなら、きっと――」

 唇が重なった。不安を消し、傷を埋め、慈しんでくれる彼とこの先もずっと一緒にいられる幸せな境遇を、誰に感謝すればいいのだろう――

「っ!?」

 そんなことを考えていたら、彼が私の唇を噛んだ。

「ぼんやりしている暇はありませんよ。今日、確実に孕ませるつもりですので、覚悟をしておきなさい。ああ、安心して。シーガイア家は領地を持たない男爵家ですが、生殖能力に関しては折り紙つきですから」
「……え?」
「私は六男ですが、上に四人の姉、五人の兄、三人の妹と、弟がひとりいます。君は知らなかったようですが、種や畑として有能だと評判なんですよ」

 つまり、子供ができやすい家系ということか。反対にうちの家系は子供ができにくく、現に私はひとり娘だ。両親や一族の面々が、諸手を挙げて歓迎していた理由がわかった気がした。

「さあ、始めましょうか」
「お、お手柔らかにお願いします……」

 こうして、私の初夜は朝……否、昼まで続き、三日三晩に渡って開かれた披露宴は、主役不在のまま幕を下ろすことになったのである。後日、お詫びを兼ねて手紙と引出物を贈ったのは言うまでもない。

 そして、一年後、私は見事に跡継ぎとなる長男を出産。それから二年に一度のペースで子供を産み、生涯で三人の男児とふたりの女児に恵まれた。これはフィンハート家としては異例の人数で、シーガイア家の有能さを証明する結果だ。

 シグルド様は教授の職を辞し、サースロック領に居を移してくれた。相変わらず研究を続けて輝かしい功績を残し続けていたけど、私や子供たちを愛してくれているのは間違いない。

 家業と育児に追われて大変なこともあるけど、大きな枠で見れば、なんの憂いもなく、私は生きることができた。それは全て彼の――シグルド・シーガイア教授のおかげであることは、言うまでもない――。



end






//本編はこちらで完結です。このあとは全四話のシグルドsideの話を掲載し、幕引きとさせていただきます。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

  また、宣伝になってしまいますが、別作品「神の居る島~逃げた女子大生は見えないものを信じない~」を第6回キャラ文芸大賞にエントリーさせていただいております。併せて試し読み、応援いただけますと幸いです。どうぞよろしくお願い致します。

20230101 32
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