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第4章 アリーシア一家の危機

第21話 アリーシア、罪人たちに尋問する

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 アリーシアたちが向かったのは、エステルハージ邸での事件以来ここに捕らえられている、マリナの父――バルダザール伯爵のところだ。

「あ、兄上、それにアリーシアも来てくれたのか? ここは酷いところだ、こんなところで死ぬのは嫌だ! お願いだ、助けてください!」

 バルダザール伯は頭を地面にこすりつけるように下げる。
 久しぶりに会うバルダザール伯は、すっかり痩せており、憔悴しょうすいしきっていた。

 捕まった当初は尋問じんもんにも強気な様子だったらしい。
 だが、その後はだれもバルダザール伯のことを見向きしなくなった。
 この地下牢で看守以外に誰も会わない孤独。普通の精神では耐えられない。
 久々に現れた兄であるエステルハージ侯爵とアリーシアが救いの神に見えているのかもしれない。

「そのためには、事実を伝えてもらわないとな」

「あれは西の王国の連中にそそのかされただけなんだ! それに、アリーシア、お前を守ろうとしたのは本当だ! 信じてくれ!」

 バルダザール伯は鉄格子を掴み、再び頭を下げる。

(前世ではあなたに家を乗っ取られてから、自由は何ひとつなかった)

 前世で、エステルハージ家で我が物顔でふるまうバルダザール伯のことを思いだす。
 バルダザール伯は乗っ取った後、すぐに本性を現し、アリーシアが何か意見したり、気に食わないことがあると暴力をふるうようになった。

 これまでそんな扱いを受けたことがなかったアリーシアはすっかり怯えてしまう。男性に対して恐怖心が芽生えてしまったのもこれ以降だ。

 だが、今のバルダザール伯にその時の恐怖は感じない。
 この期に及んでも、保身に走るバルダザール伯。
 怒りより、哀れみが先に立つ。

「叔父さま。そうだったのですね。でしたら、その西の王国の方々のお名前と特徴を教えていただけますか?」

「ああ、もちろん!」

 バルダザール伯は嬉々として西の王国の者たちのことを語る。

「ありがとうございます、叔父さま」
「こ、これで、オレをここから出してくれるよな?」

 アリーシアは無言で父、エステルハージ侯爵を見上げる。

「……今、西の王国とは戦争状態だ。そんな敵国に通じ、その意のままに動いていたのだ。帝国貴族として、極刑はまぬがれないだろう」
「そ、そんな! 嫌だ! 助けてくれ!」

 ここに入れられ時間がたち、まともな思考力がなくなっているのだろう。
 投獄される前のバルダザール伯ならば、証拠をしゃべったところで、助からないのはわかっていたはずだ。

(わたしも、前世ではこうなっていたのね)

 アリーシアは目を伏せる。
 投獄された一年間、ミーシャのことを餌にして、言うことを聞かされ続けてきたことを思いだす。

「それでは叔父さま、もうお会いすることはないでしょう」

 アリーシアは、バルダザール伯に目を合わすことはなく、それだけ言うときびすを返す。
 父も実の弟であるバルダザール伯に一瞬だけ憐れみの視線を送る。
 だが、結局は何も言わず、アリーシアについていく。

「ま、待ってくれ! すまない兄上! アリーシア! 戻ってきてくれ!」

 バルダザール伯はわめき続けていたが、アリーシアもエステルハージ侯爵も振り返ることはなかった。 
 
 次にふたりが向かったのは、タリマンドで疫病を広めた首謀者である、元宰相、ヴァルゲのところだ。
 バルダザール伯は罪を犯したとはいえ、貴族であり、この地下牢の中でもまだましな区画を与えられていた。
 ヴァルゲに与えられた区画は平民の重罪人をつなぐ区画。
 前世で偽皇妃とされたアリーシアも投獄された所だ。

 ヴァルゲは自死しないよう、厳重に拘束されており、拷問を受けたのか、血と汚物にまみれている。
 戦地で慣れているはずのエステルハージ侯爵も思わず顔をしかめる。
 アリーシアにとっても地獄を思い出す匂いと光景だが、今はそれどころではない。 

 控えていた兵士の手により猿ぐつわが外される。

「これはこれは、アリーシア侯爵令嬢。いえ、『形代を持つ聖女』とお呼びすべきですかな? それに、そちらはエステルハージ侯爵ですか。こんなところまでなんの御用で?」

 この状況でもまだ軽口を叩けるのは、間者としての訓練を受けているのと、まだ投獄されてから日が浅いためだろう。

「こちらの紙を見てもらえますか?」

 アリーシアは持ってきた手紙を広げ、ヴァルゲに見せる。
 なんてことはない、時候の挨拶とたわいのない内容の手紙だ。

「こ、これは! どこでこれを!?」

 顔色を変えたヴァルゲに、アリーシアはエステルハージ侯爵の方を見てうなずく。
 みーちゃんからの情報をもとに書いた、西の王国の間者が使う暗号が入った手紙だ。
 未来で解析されたものなので、今のヴァルゲに通用するかは不安だったが、問題なさそうだ。

「まあ、もうほぼわかっていたことですが、やはりあなたは西の王国から派遣された間者だったんですね」

 ヴァルゲは罠にひっかかったことを悟り、悔しそうな表情になる。

「……それもタリマンドの呪術、『神託』の力か? だが、それを知ったところで、もうどうにもなるまい。あんたの大事な皇子殿下がどうなるか、今から楽しみだ」

 そう言ってヴァルゲは不敵に笑う。

「『神託』のことを知っているんですね。あなたに言われなくても、必ずカシウス様のことは守ってみせますから」

 ゆるぎないアリーシアの瞳に、ヴァルゲは何も言えなくなる。

「もう、ここに用はありません。まいりましょうお父さま」

 エステルハージ侯爵もうなずき、ふたりはその場を立ち去った。


 最後に、ふたりはマリナの母親である、バルダザール伯爵夫人の元にむかった。
 貴族夫人ということもあり、一番ましといえる区画だが、それでも牢獄であることに変わりはない。

「アリーシアに、エステルハージ侯爵! こんな場所、わたくしにふさわしくないわ! 早くここから出しなさい!」

 バルダザール伯爵夫人はふたりを見るなりわめきだす。
 あの後、みーちゃんのことや疫病のこともあり、伯爵夫人はろくに取り調べもされず放置されていた。もちろん、誰かが面会に訪れたということもない。

「そのためには、あのデビュタントでのこと、もっと詳しく教えていただけますか?」

「あの時も言ったでしょ!? あれは娘のマリナと、皇妃の指示で、わたくしはそれに従っただけなのよ!」

 マリナならばやりかねないとも思う。だが、それは伯爵夫人も同様だ。
 前世ではエステルハージ家を乗っ取った後、贅沢三昧の日々を送っていた。
 形見の首飾りだけは、なんとか隠し通せたが、母のものだった宝石や服はすべて奪われた。

 アリーシアへの扱いもひどく、ささいなことでヒステリックに怒鳴られる日々が続いた。投獄されてからはマリナと同じく、罪人に堕ちたアリーシアの元を何度も訪れ笑いものにした。
 今回の一件も、そそのかしたのは夫人の方だろう。

 アリーシアはそんな伯爵夫人を醒めた目で見つめる。

「皇妃様に罪をなすり付けるなど、あってはならないことですね。そうよね、お父さま?」

「……そうだな。残念ながら、そんなことを言っているうちはここから出られないだろうな」

「そ、そんな!? くっ……、そ、そうよ! 皇妃じゃなく、マリナとわたくしがやったのよ! こ、これでいいでしょ!?」

 顔を真っ赤にして怒鳴るように伯爵夫人は言う。この期に及んでも、マリナの方を先に持ってくるのは少しでも責任を逃れようとしているのだろう。

「そうですか。デビュタント皇宮で、あのような事件を起こしたのです。これは正式な取り調べが必要ですね?」
「そうだな。まあ、ここから出ることは諦めるんだな」

 エステルハージ侯爵の口調もとても冷い。
 娘であるアリーシアを乱暴しようとした事件の首謀者なのだ、父親として、伯爵夫人を許すことはありえない。

「だ、騙したのね! そ、そうよ! マリナ、マリナを呼びなさい! すべてあの子が考えたのよ! わたくしはあの子に言われただけで!」

 今度はマリナにすべての責任を押し付けようと、伯爵夫人は再びわめく。
 自分のために、娘を売ろうとする姿を見て、アリーシアの心はより冷え切っていくく。
  
「マリナはあなたの娘でしょう? その娘を守ろうと言う気持ちはないのですか?」
「? な、なにを言っているの? だから、今回の件はマリナがすべて考えたこと! わたくしはそれを手伝っただけなのよ!」

 あくまで、マリナのせいにしようとする伯爵夫人にアリーシアは冷たい視線を送る。

「マリナは、わたしの大切な友達です。いくらその母親とはいえ、あなたなどと同じ扱いはできません」

 感情のこもらない口調でそれだけ告げると、アリーシアは牢に背中を向ける。

 もちろんミーシャをひどい目に合わせたマリナのことを許すつもりは欠片かけらもない。
 だが、こういった方が、伯爵夫人にとってはダメージが大きいだろう。
 エステルハージ侯爵も何も言うことなく、アリーシアに続きこの場から立ち去る。

「ま、待って、ひとりにしないで! お願いだから! マリナを、マリナを呼んで!」

 伯爵夫人はふたりが消えた後もしばらくわめき続けていたが、それに答えるものは誰もいなかった。
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