『罪喰いの翼 ― 天使と悪魔と人間のはざまで ―』短い小説

夢喰

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第二章:咎人の街

咎人の街

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第二章:咎人の街

「この街に、“罪を喰ってほしい”奴なんて、もういないよ」

レイがそう口にしたのは、深夜の新宿・西口、地下道の最奥だった。

自販機すら撤去されたその空間には、静けさと、濃密な“気配”が漂っていた。

人の目には映らない。
けれど、罪喰いであるレイには、ここに住まう者たちの「咎(とが)」が見えていた。
まるで黒い靄のように、路面を這い、壁に染みつき、空気を重たくしていた。


「“咎人の街”?ここが?」

ミナが見渡すと、壁に無数のメッセージが書かれていた。
血文字のような赤で塗りつぶされた言葉もある。

「“救ってくれ”」
「“もう充分苦しんだだろう?”」
「“正義は、誰が決める?”」

どの言葉も、まるで自分に向けられているようだった。

「ここにいるのはな……自分の罪と、徹底的に向き合った末、“それでも許されなかった”奴らだ」

レイの声は低い。
どこか、自嘲が混じっていた。

「……許してほしかったわけじゃないんじゃない?」

ミナがぽつりとつぶやく。

「“罪”って、消せるもんじゃない。
でも、認めてもらうこと、理解してもらうこと……それが、せめてもの“救い”だったんじゃないの?」

レイはその言葉に、少しだけ目を見開いた。
彼女はまだ子どもだ。けれど、“知っている”。
罪とは、社会が決めるものではない。
人が「自分で背負ったもの」こそが、本当の罪だと。


咎人の街には、一人の男がいた。

「カゲロウ」と名乗るその男は、かつて家庭内暴力で娘を失い、自らも社会から追放された元教師だった。
誰からも憎まれ、暴露され、今ではSNSの晒しアカウントに“顔写真つき”で吊るされていた。

彼はレイに言う。

「罪喰いってのは、“他人の代わりに苦しむ”ことで救いになるのか?
それとも、お前自身が“苦しみを愛してる”だけじゃないのか?」

レイは何も言わなかった。
図星だったからだ。

「だったら俺の罪を喰ってみろよ。娘を殺したって罪を。
それでお前が壊れるのなら——それが“正義”なんじゃないのか?」

ミナが止めようとする前に、レイはカゲロウの罪に手を伸ばしていた。

だが、その瞬間——レイの背にある黒い翼が激しく脈打った。


——それは“喰ってはいけない罪”だった。

「こいつ……自分を罰するために、わざと罪を抱えてんだ……!」

レイが顔をしかめ、倒れ込む。

「“俺は罰を受けるに値する人間だ”って思い込みが、罪そのものになってる。
……こんなもん、喰ったら、呪いになる……!」


ミナはレイを抱きかかえるようにして叫んだ。

「じゃあ、誰がこの人を救えるの?!」

レイは、答えた。

「——自分だけだよ。
本当に、自分の罪を赦せるのは、自分だけなんだ。
俺たち罪喰いは、それを“見届ける”ためにいるんだ」

ミナはその言葉を、静かに受け止めた。


その夜、カゲロウは、自らの過ちを語った。
誰かに話したのは、初めてだった。

ミナは黙って、それを聞き続けた。

そして、去り際に小さく言った。

「……罪ってね、忘れちゃいけないものだけど、
誰かが“忘れてもいいよ”って言ってくれたら、少し楽になるんだよ」

カゲロウは泣いた。
涙は、罪の証明ではなかった。
「生きようとする意志」だった。


その夜、ミナの中の“黒い翼”が少しだけ透けて消えた。

それは、彼女が自分の罪を、ほんの少しだけ許した証だった。
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