【連載】気まぐれ日記エッセイ「残された時間の過ごし方」

菊池昭仁

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航海日誌

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 私は若い頃、日本に殆ど寄港しない貨物船の航海士として世界中を回った。そのため乗下船はいつも空港だった。
 そうして世界を股にしていたのである。
 港みなとに女あり。ウソです。

 船はエロいCAさんやイケメンパイロットがいる華やかな航空業界とは異なり、日本ではあまり知られていないし、興味もない人が多い。
 キャバクラで、

 「俺、船乗りだったんだぜ」

 と自慢すると、

 「どんなお魚を獲っていたの? マグロ? タコ? イカ?」
 「お勘定してくれ」

 そこでパンチラお姉ちゃんとの会話は終了することになる。まだオッパイも触っていないのにである。触っちゃダメだけどね。

 ワンピースのルフィーみたいに自分で舵を取るキャプテンも航海士もいない。
 クウォーター・マスターという操舵を専門にする人がいる。
 その人にキャプテンやパイロット、当直航海士が操舵号令を出して船は操船するのである。

 まあ、興味ねえよなあ。
 そして実際には航海しているよりも陸にいることの方がはるかに多い。そしてしょっちゅう港湾労働者たちがストライキをするのでお陰で飲み代がいくらあっても足りない。


 国際航路の船では航海日誌を「LOG BOOK」と呼ぶ。
 ログとは丸太のことで、船の相対速度を測定するために丸太(ログ)を流してその時間を測定して速力を求めていたことに由来する。

 ブログの語源もここから来ていると聞いたことがある。ブロードバンド・ログ? webログがそれだ。

 航海日誌は航海当直をする航海士が英文でペンで記載する。後で改ざん出来ないようにミスをしたら二重線を引いて自分のサインをする。
 国際航路の船では基本英語で会話する。部員も外国人が多いからだ。
 船長は『ナイトオーダーブック』に航海士への連絡事項を英文で記載する。責任回避のために。


 航海日誌の内容は天気や海洋気象、天体観測や当直中の船のあらゆることを記載する。今日は何時間時間を調整したとかもである。

 「船内時間、何時何分になんちゃら灯台を何度何マイルに見てなんちゃらに変針した」 

 という具合にすべて過去形の英文で記入する。
 「海が時化て船体が軋むように激しく揺れた」とか。

 そして4時間当直が終了すると次の航海士と引き継ぎを行い、最後に航海日誌にサインをする。


 私は航海日誌を書くのが好きだった。それは「船の人生」を記載する日誌だからだ。
 それはまるで人が日記を書くようなものである。

 ユーミンの名曲、『航海日誌』

 
     きらめく 海に捨てよう 航海日誌

     遥かな 船旅の間に綴った悲しみは



 ああ、最期にもう一度、あの万年筆のブルーのような海に出てみたい。キャプテンとして。

 「steady!」(そのまま進め)と。

 
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