★【完結】雨の夜 君とノクターンを(作品230319b)

菊池昭仁

文字の大きさ
8 / 9

第8話 別れの曲

しおりを挟む
 約束の金曜日がやって来た。
 五反田の寿司屋で食事を終え、私と律子はショットBARへ移動した。

 「あのお寿司屋さん、よく行くんですか?」
 「回転寿司は苦手なんだ。あの店には鮨を食べに行くというより、酒を飲みに行くという感じだね。
 もう若い頃のように沢山食べることもないし」
 「私も回転寿司って駄目なんです。なんだか追い立てられているみたいで。
 それに、自分が狙っていたお皿がひょいと途中で盗られてしまったりすると「あーあ、盗られちゃった」ってがっかりするじゃないですか?
 だから回転寿司は嫌いなんですよ。
 せっかく回って来た「課長」というお皿を誰にも渡したくない・・・」

 律子は私に寄り添い、膝を寄せて来た。

 「誰も取らないよ、ネタが干からびて、シャリも乾いてしまった僕の皿なんて。
 僕は誰にも取ってもらえない、いつまでも回っている寿司皿だよ」

 律子は私の手に自分の手を重ね、耳元で囁いた。

 「私を食べて下さい」

 私は川の向こうで手を振る律子に、舟を漕ぎ出すことを決めた。
 くららのことを忘れて。




 ベッドでの律子はまるで別人のようだった。
 敏感でしなやかな肢体。私は久しぶりに自分の中に封印した男の野性を解放してやった。
 彼女の控え目な乳房を揉みしだきながら、潤んだ中心の蕾を丹念に舐めていると、時折、律子のカラダがピクンと反応し声が漏れた。

 「う、うんっ、はあ、はうっ、あっ・・・」

 エクスタシーに負けまいとする、苦悶する律子の顔は男心に火を点けた。
 私がベッドヘッドに置かれたコンドームに手を伸ばそうとすると、律子がそれを制した。

 「ゴム、嫌いなんです。私」
 「じゃあ外に出すね?」
 「今日は大丈夫な日ですから、そのまま中に出して下さい」

 私は律子の足を広げ、挿入を始めた。
 律子はかなり本気のようだった。
 女が「大丈夫」と念を押す時は、大抵は「大丈夫ではない」という時だ。
 私は律動を繰り返しながら外に射精するタイミングを図っていた。
 顎を上げ、喘ぐ律子を眺めながら。

 彼女の呼吸が次第に早くなり、言葉も短くなっていく。

 「あ、あ、あ、うっ。あ、あん、い、い・・・」

 それはフェイクではなく、オルガスムスの瞬間が迫っていることを示していた。
 本当に行為に没頭している時には「イキそう」などと言っている余裕はない。
 それは演技の場合が多い。女とはそう言う生き物なのだ。

 「あうっ」

 彼女が短い感嘆詞を発し、クライマックスを迎えたことを確認すると、私は自分を引き抜き、律子のヘソのあたりに射精した。

 ガクンガクンと弓なりになり、口を真一文字に結んだ律子はやがて口を半開きにして動きが停まった。
 彼女の体が痙攣が始まると、私は彼女に快感を与えることが出来たことに満足だった。

 その時、くららの気配を感じた。
 私の背後でくららが泣いているような気がした。


 落ち着くと律子は言った。

 「初めてです、セックスでイッたのって。
 欲を言えば、中にしてくれたら気絶してたかも。
 中で大丈夫って言ったのに。
 流石に大人の男性は違いますね?」
 
 (くらら・・・。これで本当に良かったのかい?)

 「課長? これからは課長のこと、「輝明さん」って呼びますからね? 輝明さん」
 「・・・」
 「私のことは「りっちゃん」って呼んで下さい」
 「律子」
 「ちがう、りっちゃんでしょ?」



 外はシトシトと雨が降っていた。
 自宅マンションの玄関を開けると、ショパンのノクターンが聴こえた。
 くららがノクターンを弾いていた。
 酷く悲しいノクターンだった。

 「お帰りなさい。おめでとう、テル」
 「ごめん、見ていたのか? 君の気配を感じていたよ。あの場にいたんだろう?」

 くららは再び演奏を続けた。

 「いたわよ。でも見てはいないわ。見たくなかった。
 耳も塞いでいた。そういう趣味は私にはないから。
 うまくいくといいわね?「りっちゃん」と」

 おそらくくららは見ていたはずだ。
 怒りと悲しみ、そして愛の籠った複雑な心境で。

 「以前のピアノに戻ったのね? とてもいい音。ありがとう、あなた。
 どう? 素敵なショパンだったでしょう?
 じゃあ次はこの曲を」

 くららは『別れの曲』を弾き始めた。
 

 演奏を終えるとくららは言った。

 「今度こそしあわせになってね? 私の分まで。
 ありがとう、輝明」

 それ以来、くららは雨の日の夜にも私の前に現れることはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

初体験の話

東雲
恋愛
筋金入りの年上好きな私の 誰にも言えない17歳の初体験の話。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...