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第8話 別れの曲
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約束の金曜日がやって来た。
五反田の寿司屋で食事を終え、私と律子はショットBARへ移動した。
「あのお寿司屋さん、よく行くんですか?」
「回転寿司は苦手なんだ。あの店には鮨を食べに行くというより、酒を飲みに行くという感じだね。
もう若い頃のように沢山食べることもないし」
「私も回転寿司って駄目なんです。なんだか追い立てられているみたいで。
それに、自分が狙っていたお皿がひょいと途中で盗られてしまったりすると「あーあ、盗られちゃった」ってがっかりするじゃないですか?
だから回転寿司は嫌いなんですよ。
せっかく回って来た「課長」というお皿を誰にも渡したくない・・・」
律子は私に寄り添い、膝を寄せて来た。
「誰も取らないよ、ネタが干からびて、シャリも乾いてしまった僕の皿なんて。
僕は誰にも取ってもらえない、いつまでも回っている寿司皿だよ」
律子は私の手に自分の手を重ね、耳元で囁いた。
「私を食べて下さい」
私は川の向こうで手を振る律子に、舟を漕ぎ出すことを決めた。
くららのことを忘れて。
ベッドでの律子はまるで別人のようだった。
敏感でしなやかな肢体。私は久しぶりに自分の中に封印した男の野性を解放してやった。
彼女の控え目な乳房を揉みしだきながら、潤んだ中心の蕾を丹念に舐めていると、時折、律子のカラダがピクンと反応し声が漏れた。
「う、うんっ、はあ、はうっ、あっ・・・」
エクスタシーに負けまいとする、苦悶する律子の顔は男心に火を点けた。
私がベッドヘッドに置かれたコンドームに手を伸ばそうとすると、律子がそれを制した。
「ゴム、嫌いなんです。私」
「じゃあ外に出すね?」
「今日は大丈夫な日ですから、そのまま中に出して下さい」
私は律子の足を広げ、挿入を始めた。
律子はかなり本気のようだった。
女が「大丈夫」と念を押す時は、大抵は「大丈夫ではない」という時だ。
私は律動を繰り返しながら外に射精するタイミングを図っていた。
顎を上げ、喘ぐ律子を眺めながら。
彼女の呼吸が次第に早くなり、言葉も短くなっていく。
「あ、あ、あ、うっ。あ、あん、い、い・・・」
それはフェイクではなく、オルガスムスの瞬間が迫っていることを示していた。
本当に行為に没頭している時には「イキそう」などと言っている余裕はない。
それは演技の場合が多い。女とはそう言う生き物なのだ。
「あうっ」
彼女が短い感嘆詞を発し、クライマックスを迎えたことを確認すると、私は自分を引き抜き、律子のヘソのあたりに射精した。
ガクンガクンと弓なりになり、口を真一文字に結んだ律子はやがて口を半開きにして動きが停まった。
彼女の体が痙攣が始まると、私は彼女に快感を与えることが出来たことに満足だった。
その時、くららの気配を感じた。
私の背後でくららが泣いているような気がした。
落ち着くと律子は言った。
「初めてです、セックスでイッたのって。
欲を言えば、中にしてくれたら気絶してたかも。
中で大丈夫って言ったのに。
流石に大人の男性は違いますね?」
(くらら・・・。これで本当に良かったのかい?)
「課長? これからは課長のこと、「輝明さん」って呼びますからね? 輝明さん」
「・・・」
「私のことは「りっちゃん」って呼んで下さい」
「律子」
「ちがう、りっちゃんでしょ?」
外はシトシトと雨が降っていた。
自宅マンションの玄関を開けると、ショパンのノクターンが聴こえた。
くららがノクターンを弾いていた。
酷く悲しいノクターンだった。
「お帰りなさい。おめでとう、テル」
「ごめん、見ていたのか? 君の気配を感じていたよ。あの場にいたんだろう?」
くららは再び演奏を続けた。
「いたわよ。でも見てはいないわ。見たくなかった。
耳も塞いでいた。そういう趣味は私にはないから。
うまくいくといいわね?「りっちゃん」と」
おそらくくららは見ていたはずだ。
怒りと悲しみ、そして愛の籠った複雑な心境で。
「以前のピアノに戻ったのね? とてもいい音。ありがとう、あなた。
どう? 素敵なショパンだったでしょう?
じゃあ次はこの曲を」
くららは『別れの曲』を弾き始めた。
演奏を終えるとくららは言った。
「今度こそしあわせになってね? 私の分まで。
ありがとう、輝明」
それ以来、くららは雨の日の夜にも私の前に現れることはなかった。
五反田の寿司屋で食事を終え、私と律子はショットBARへ移動した。
「あのお寿司屋さん、よく行くんですか?」
「回転寿司は苦手なんだ。あの店には鮨を食べに行くというより、酒を飲みに行くという感じだね。
もう若い頃のように沢山食べることもないし」
「私も回転寿司って駄目なんです。なんだか追い立てられているみたいで。
それに、自分が狙っていたお皿がひょいと途中で盗られてしまったりすると「あーあ、盗られちゃった」ってがっかりするじゃないですか?
だから回転寿司は嫌いなんですよ。
せっかく回って来た「課長」というお皿を誰にも渡したくない・・・」
律子は私に寄り添い、膝を寄せて来た。
「誰も取らないよ、ネタが干からびて、シャリも乾いてしまった僕の皿なんて。
僕は誰にも取ってもらえない、いつまでも回っている寿司皿だよ」
律子は私の手に自分の手を重ね、耳元で囁いた。
「私を食べて下さい」
私は川の向こうで手を振る律子に、舟を漕ぎ出すことを決めた。
くららのことを忘れて。
ベッドでの律子はまるで別人のようだった。
敏感でしなやかな肢体。私は久しぶりに自分の中に封印した男の野性を解放してやった。
彼女の控え目な乳房を揉みしだきながら、潤んだ中心の蕾を丹念に舐めていると、時折、律子のカラダがピクンと反応し声が漏れた。
「う、うんっ、はあ、はうっ、あっ・・・」
エクスタシーに負けまいとする、苦悶する律子の顔は男心に火を点けた。
私がベッドヘッドに置かれたコンドームに手を伸ばそうとすると、律子がそれを制した。
「ゴム、嫌いなんです。私」
「じゃあ外に出すね?」
「今日は大丈夫な日ですから、そのまま中に出して下さい」
私は律子の足を広げ、挿入を始めた。
律子はかなり本気のようだった。
女が「大丈夫」と念を押す時は、大抵は「大丈夫ではない」という時だ。
私は律動を繰り返しながら外に射精するタイミングを図っていた。
顎を上げ、喘ぐ律子を眺めながら。
彼女の呼吸が次第に早くなり、言葉も短くなっていく。
「あ、あ、あ、うっ。あ、あん、い、い・・・」
それはフェイクではなく、オルガスムスの瞬間が迫っていることを示していた。
本当に行為に没頭している時には「イキそう」などと言っている余裕はない。
それは演技の場合が多い。女とはそう言う生き物なのだ。
「あうっ」
彼女が短い感嘆詞を発し、クライマックスを迎えたことを確認すると、私は自分を引き抜き、律子のヘソのあたりに射精した。
ガクンガクンと弓なりになり、口を真一文字に結んだ律子はやがて口を半開きにして動きが停まった。
彼女の体が痙攣が始まると、私は彼女に快感を与えることが出来たことに満足だった。
その時、くららの気配を感じた。
私の背後でくららが泣いているような気がした。
落ち着くと律子は言った。
「初めてです、セックスでイッたのって。
欲を言えば、中にしてくれたら気絶してたかも。
中で大丈夫って言ったのに。
流石に大人の男性は違いますね?」
(くらら・・・。これで本当に良かったのかい?)
「課長? これからは課長のこと、「輝明さん」って呼びますからね? 輝明さん」
「・・・」
「私のことは「りっちゃん」って呼んで下さい」
「律子」
「ちがう、りっちゃんでしょ?」
外はシトシトと雨が降っていた。
自宅マンションの玄関を開けると、ショパンのノクターンが聴こえた。
くららがノクターンを弾いていた。
酷く悲しいノクターンだった。
「お帰りなさい。おめでとう、テル」
「ごめん、見ていたのか? 君の気配を感じていたよ。あの場にいたんだろう?」
くららは再び演奏を続けた。
「いたわよ。でも見てはいないわ。見たくなかった。
耳も塞いでいた。そういう趣味は私にはないから。
うまくいくといいわね?「りっちゃん」と」
おそらくくららは見ていたはずだ。
怒りと悲しみ、そして愛の籠った複雑な心境で。
「以前のピアノに戻ったのね? とてもいい音。ありがとう、あなた。
どう? 素敵なショパンだったでしょう?
じゃあ次はこの曲を」
くららは『別れの曲』を弾き始めた。
演奏を終えるとくららは言った。
「今度こそしあわせになってね? 私の分まで。
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それ以来、くららは雨の日の夜にも私の前に現れることはなかった。
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