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第5話 風の小次郎
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あれから10日が過ぎたが、小次郎は店に現れなかった。
(10日も経つのに小次郎のバカ!)
雪乃は苛立ちと寂しさで、接客も荒れていた。
常連の市会議員の桃井が雪乃の太腿を触った。
「ちょっと先生、別料金いただくわよ。ここはそういうお店じゃありませんからね」
「いいよ、さくらママの太腿に触れるんならいくらでも出すよ」
有権者の前では誠実そうに振舞うこの男の本性を、テレビやネットに晒してやりたいと雪乃は思った。
その時、店のドアが開くと、雪乃の顔は太陽に向かって咲くひまわりのように輝いた。
小次郎が雪乃の姿を探していたからだ。
雪乃は着物の裾を気にしながら、小次郎の元へ小走りに駈け寄った。
「うれしーい! ちゃんと来てくれたのね? ずっと待っていたんだからー。
もう会えないのかと思っちゃった」
「ごめん、ゴミの掃除が忙しくて。
凄く混んでいるね? 大丈夫だった? 突然来て?」
「何を言っているのよ、さあ、こっちこっち!」
雪乃は一番奥のボックス席に小次郎を案内した。
「お飲み物は?」
「先日のレストランみたいに今日は貨物船は見えないけど、代わりにママを貨物船にしてグラスに入れようかな? 再会を祝してドンペリで乾杯を」
「えっー、うれしーい!
ちょっとここにドンペリをお願い!
さあ、ノンちゃんにイアン、それから麻美もこっちに来て頂戴!」
一挙に小次郎のボックス席が華やいだ。
「はじめまして、ノンでーす。さくらママのお知り合いですか?
すごいイケメンさんじゃないですかー? オダギリジョーに雰囲気までそっくり!」
「ダメよノン、小次郎を食べちゃ。私のダーリンなんだから」
「えー、そんなのズルいですよー、決めるのは小次郎さんでしょ?
小次郎さんだって、ピチピチの若い子がいいですよねー?」
ノンは大学院でフランス古典文学を研究している才媛だった。
いつも出だしのムードを盛り上げてくれる。
「みなさんもお好きな物をどうぞ」
「ありがとうございます! 気前のいい男前、大好き!」
ホステスたちも心から楽しそうだった。
少し遅れてまた別の黒いスーツに派手なネクタイをした、眼光の鋭い男が三人、店に入って来た。
そのお客たちはチイママの雪江が応対した。
小次郎のテーブルに酔った市会議員の桃井がやって来た。
「おいママ、なんだコイツは? 見かけねえ顔だな?
こんな奴は放っといて、俺のところへ来いよ、さくらママ」
「ハイハイ、先生、今行くから待っててね?」
すると桃井が雪乃の腕を強引に掴んで引っ張った。
「ママの手を放してあげて下さい。そんなに引っぱったら腕が取れてしまう」
「なんだテメー、この桃井泰造に意見するとはいい度胸だ! 俺を誰だと思っている!」
桃井は小次郎の胸倉を掴んだ。
だが小次郎はそれに抵抗しなかった。
すると、さっきまで奥にいた三人組の男がやって来て、桃井の腹に蹴りを入れた。
「おめえ、死にてえのか?」
蹲り、呻く桃井。
小次郎が男たちを制した。
「いいんだ、この人は少し飲み過ぎただけだから」
すると男たちは小次郎に深々と頭を下げ、席へと戻って行った。
連れの秘書が桃井を抱き上げ、雪乃に言った。
「さくらママ、いつからこの店は暴力団が出入りするような店になったんですか?
知りませんよ、うちの先生を怒らせるとどうなるか?」
「構わないわよ、こちらこそ今日限りであんたたちは出禁にするから二度とお店に来ないで!
マネージャー、先生たちがお帰りよ。
お会計をお願いして、私へのおさわり料とお客様への迷惑料も徴収してね?」
「かしこまりました」
小次郎が立ち上がった。
「うちの社員が失礼をしてしまい、すみませんでした。
お代は私がお支払いいたします」
小次郎はスーツの内ポケットから札入れを取り出すと、帯封がついたままの札束を静かにテーブルへ置いた。
「今日はこれで帰ります。
ごめんなさい、うるさくしてしまって」
「小次郎のせいじゃないわ、悪いのはこのエロ議員よ!
まだ来たばかりでしょう? 帰らないで小次郎!」
「そうはいきません。他のお客さんも迷惑していますから。
今夜は帰ります、おやすみなさい」
「ちょっと小次郎、それにこんなにたくさん受け取るわけにはいかないわ」
「どうぞ受け取って下さい、お清め料です」
小次郎が出口に向かうと、さっきの男たちも後に従った。
雪乃は酷く落胆した。
「必ずまた来て下さいね」
「・・・」
小次郎はそれには答えず、無言で微笑み帰って行った。
雪乃たちが小次郎たちを見送って店に戻ると、マネージャーの木島がやって来た。
「さくらママ、あの方とはどのようなご関係ですか?」
「どうしてそんなこと訊くの? 珍しいわね? あんたがそんなことを詮索するなんて」
「そのスジの人間なら、あのお方を存じ上げない人はいないハズです。
おそらくあの方は『風の小次郎』です」
「風の小次郎?」
雪乃はグラスに注がれた、気の抜けたシャンパンを眺めていた。
そしてその時、長い眠りについていた雪乃の恋心に再び火が点いた。
(小次郎にもう一度会いたい!)
雪乃は小次郎が入れてくれたシャンパンを、ボトルごと一気に飲み干した。
(10日も経つのに小次郎のバカ!)
雪乃は苛立ちと寂しさで、接客も荒れていた。
常連の市会議員の桃井が雪乃の太腿を触った。
「ちょっと先生、別料金いただくわよ。ここはそういうお店じゃありませんからね」
「いいよ、さくらママの太腿に触れるんならいくらでも出すよ」
有権者の前では誠実そうに振舞うこの男の本性を、テレビやネットに晒してやりたいと雪乃は思った。
その時、店のドアが開くと、雪乃の顔は太陽に向かって咲くひまわりのように輝いた。
小次郎が雪乃の姿を探していたからだ。
雪乃は着物の裾を気にしながら、小次郎の元へ小走りに駈け寄った。
「うれしーい! ちゃんと来てくれたのね? ずっと待っていたんだからー。
もう会えないのかと思っちゃった」
「ごめん、ゴミの掃除が忙しくて。
凄く混んでいるね? 大丈夫だった? 突然来て?」
「何を言っているのよ、さあ、こっちこっち!」
雪乃は一番奥のボックス席に小次郎を案内した。
「お飲み物は?」
「先日のレストランみたいに今日は貨物船は見えないけど、代わりにママを貨物船にしてグラスに入れようかな? 再会を祝してドンペリで乾杯を」
「えっー、うれしーい!
ちょっとここにドンペリをお願い!
さあ、ノンちゃんにイアン、それから麻美もこっちに来て頂戴!」
一挙に小次郎のボックス席が華やいだ。
「はじめまして、ノンでーす。さくらママのお知り合いですか?
すごいイケメンさんじゃないですかー? オダギリジョーに雰囲気までそっくり!」
「ダメよノン、小次郎を食べちゃ。私のダーリンなんだから」
「えー、そんなのズルいですよー、決めるのは小次郎さんでしょ?
小次郎さんだって、ピチピチの若い子がいいですよねー?」
ノンは大学院でフランス古典文学を研究している才媛だった。
いつも出だしのムードを盛り上げてくれる。
「みなさんもお好きな物をどうぞ」
「ありがとうございます! 気前のいい男前、大好き!」
ホステスたちも心から楽しそうだった。
少し遅れてまた別の黒いスーツに派手なネクタイをした、眼光の鋭い男が三人、店に入って来た。
そのお客たちはチイママの雪江が応対した。
小次郎のテーブルに酔った市会議員の桃井がやって来た。
「おいママ、なんだコイツは? 見かけねえ顔だな?
こんな奴は放っといて、俺のところへ来いよ、さくらママ」
「ハイハイ、先生、今行くから待っててね?」
すると桃井が雪乃の腕を強引に掴んで引っ張った。
「ママの手を放してあげて下さい。そんなに引っぱったら腕が取れてしまう」
「なんだテメー、この桃井泰造に意見するとはいい度胸だ! 俺を誰だと思っている!」
桃井は小次郎の胸倉を掴んだ。
だが小次郎はそれに抵抗しなかった。
すると、さっきまで奥にいた三人組の男がやって来て、桃井の腹に蹴りを入れた。
「おめえ、死にてえのか?」
蹲り、呻く桃井。
小次郎が男たちを制した。
「いいんだ、この人は少し飲み過ぎただけだから」
すると男たちは小次郎に深々と頭を下げ、席へと戻って行った。
連れの秘書が桃井を抱き上げ、雪乃に言った。
「さくらママ、いつからこの店は暴力団が出入りするような店になったんですか?
知りませんよ、うちの先生を怒らせるとどうなるか?」
「構わないわよ、こちらこそ今日限りであんたたちは出禁にするから二度とお店に来ないで!
マネージャー、先生たちがお帰りよ。
お会計をお願いして、私へのおさわり料とお客様への迷惑料も徴収してね?」
「かしこまりました」
小次郎が立ち上がった。
「うちの社員が失礼をしてしまい、すみませんでした。
お代は私がお支払いいたします」
小次郎はスーツの内ポケットから札入れを取り出すと、帯封がついたままの札束を静かにテーブルへ置いた。
「今日はこれで帰ります。
ごめんなさい、うるさくしてしまって」
「小次郎のせいじゃないわ、悪いのはこのエロ議員よ!
まだ来たばかりでしょう? 帰らないで小次郎!」
「そうはいきません。他のお客さんも迷惑していますから。
今夜は帰ります、おやすみなさい」
「ちょっと小次郎、それにこんなにたくさん受け取るわけにはいかないわ」
「どうぞ受け取って下さい、お清め料です」
小次郎が出口に向かうと、さっきの男たちも後に従った。
雪乃は酷く落胆した。
「必ずまた来て下さいね」
「・・・」
小次郎はそれには答えず、無言で微笑み帰って行った。
雪乃たちが小次郎たちを見送って店に戻ると、マネージャーの木島がやって来た。
「さくらママ、あの方とはどのようなご関係ですか?」
「どうしてそんなこと訊くの? 珍しいわね? あんたがそんなことを詮索するなんて」
「そのスジの人間なら、あのお方を存じ上げない人はいないハズです。
おそらくあの方は『風の小次郎』です」
「風の小次郎?」
雪乃はグラスに注がれた、気の抜けたシャンパンを眺めていた。
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