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第16話 終わりの始まり
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「神崎さん! 神崎さん!」
ミュウの声で私は目を醒ました。
「よかったー、気が付いて!
もう病院だから大丈夫だよ。友理子さんにも連絡するから携帯番号を教えて」
「ありがとう。ずっと俺に付き添っていてくれたのか?」
「そんなことより早く知らせてあげないと。心配するよ、友理子さん」
「ミュウの手、やわらかくてとても温かかったなあ。
救急車の中でそれだけは覚えているよ。
ミュウ、俺はもう永くはないんだ。
心筋梗塞で、もう30%位しか心筋が動いていない。
この前、店を無断で休んだのはそのせいだ」
ミュウは私の手を強く握った。
「私の手、やわらかくて温かいでしょう?
神崎さんの手、すごく冷たい・・・」
「ミュウ、このことは誰にも言わないでくれ、みんなに気を遣わせたくないんだ。女房にも」
「うん、大丈夫だよ、神崎さんは死なないから。私がついてるもん」
「悪いが先生を呼んで来てくれるか?」
「わかった」
ミュウは小走りに病室を出て行った。
少しすると医師とナースがやって来た。
「神崎さん、どこか痛いとか苦しいとかはありますか? 担当医の山本です」
「先生、お忙しいところすみません。
お願いです、退院させて下さい」
山本医師とナースは眉をしかめた。
そしてミュウも。
「神崎さん、あなたはご自分の病気をご存知ですよね?」
「病院で死ぬのはイヤなんです。我儘言ってすみません」
「治療を拒否されるということですか?」
「そうです」
40歳くらいであろうか? がっしりとした体形をした、誠実そうな山本医師が言った。
「医者の役目は2つです。
怪我や病気を治すことと、痛みや苦しさを取り除いてあげることです。
今の私があなたに出来ることは、痛みをやわらげてあげることしか出来ません。
苦しい時はすぐに来て下さいね。
ただし、あと2日は入院して下さい。よろしいですね?」
「無理を言ってすみません。
それから妻や娘には過労だということでお願いします。
妻は以前、前の旦那さんをガンで亡くしているので心配させたくはないんです。
病気のことはタイミングを見て私から話しますから」
「わかりました。
神崎さん、あなたは強い人だ。私には真似出来ません」
「いえ、その逆です。私は臆病者ですから」
山本医師と看護師が病室を出て行った。
一緒に話を聞いていたミュウは、涙で化粧が崩れてしまっていた。
「悪いが俺の携帯で友理子に電話してくれ。大したことはないようだと」
「もう少しだけ待ってくれる? 今、電話を掛けたら私、泣きそうだから・・・」
私は頷き、目を閉じた。
一時間ほどして友理子と楓が病室にやって来た。
「あなた! 大丈夫なの?」
「パパ、大丈夫!」
ミュウがフォローしてくれた。
「お店で急に倒れちゃってー、もう心配したわよー。
私、救急車なんて初めて乗っちゃった。
ただの過労ですって、明後日、退院出来るそうよ。
働き過ぎなのよ、支配人は。
じゃあ私は帰りますね? 神崎さん、ゆっくり休んでね?」
「色々と主人がお世話になりました」
「ミュウ、ありがとな、会長にもよろしく言ってくれ。
しばらく休ませてもらうと」
「わかった。じゃあまたねー!」
ミュウはそのまま明るく病室を出て行った。
エレベーターに乗り、ドアが閉まるとミュウは声を上げて泣いた。
楓が上掛けの上に手を置き、心配そうな表情で言った。
「パパ、ゆっくり休んでね?
ママと私のために一生懸命働いてくれてたもんね? ごめんなさい」
「あなた、本当に大丈夫なの? 痛みはない?」
「ああ、心配を掛けたな? 明後日には退院出来るそうだから、肉でも食いに行くか? ニンニクをたっぷりつけて、栄養を付けないとな?」
「とりあえず、着替えとか一通りの物は持って来ましたけど、他に必要な物があれば言って下さい」
「何も要らないよ。テレビでも観てのんびりするから。
今日はもう大丈夫だから帰っていいぞ。俺もゆっくり休みたいから」
「そう。じゃあまた明日来ますからね?」
「パパ、お大事にね?」
友理子と楓が帰った後、私はベッドを起こし、窓の外を見た。
朝のきらきらした光が、病院の木立を照らし、今日もありふれた日常が始まろうとしていた。
どうやら私の命のカウントダウンが始まったようだった。
ミュウの声で私は目を醒ました。
「よかったー、気が付いて!
もう病院だから大丈夫だよ。友理子さんにも連絡するから携帯番号を教えて」
「ありがとう。ずっと俺に付き添っていてくれたのか?」
「そんなことより早く知らせてあげないと。心配するよ、友理子さん」
「ミュウの手、やわらかくてとても温かかったなあ。
救急車の中でそれだけは覚えているよ。
ミュウ、俺はもう永くはないんだ。
心筋梗塞で、もう30%位しか心筋が動いていない。
この前、店を無断で休んだのはそのせいだ」
ミュウは私の手を強く握った。
「私の手、やわらかくて温かいでしょう?
神崎さんの手、すごく冷たい・・・」
「ミュウ、このことは誰にも言わないでくれ、みんなに気を遣わせたくないんだ。女房にも」
「うん、大丈夫だよ、神崎さんは死なないから。私がついてるもん」
「悪いが先生を呼んで来てくれるか?」
「わかった」
ミュウは小走りに病室を出て行った。
少しすると医師とナースがやって来た。
「神崎さん、どこか痛いとか苦しいとかはありますか? 担当医の山本です」
「先生、お忙しいところすみません。
お願いです、退院させて下さい」
山本医師とナースは眉をしかめた。
そしてミュウも。
「神崎さん、あなたはご自分の病気をご存知ですよね?」
「病院で死ぬのはイヤなんです。我儘言ってすみません」
「治療を拒否されるということですか?」
「そうです」
40歳くらいであろうか? がっしりとした体形をした、誠実そうな山本医師が言った。
「医者の役目は2つです。
怪我や病気を治すことと、痛みや苦しさを取り除いてあげることです。
今の私があなたに出来ることは、痛みをやわらげてあげることしか出来ません。
苦しい時はすぐに来て下さいね。
ただし、あと2日は入院して下さい。よろしいですね?」
「無理を言ってすみません。
それから妻や娘には過労だということでお願いします。
妻は以前、前の旦那さんをガンで亡くしているので心配させたくはないんです。
病気のことはタイミングを見て私から話しますから」
「わかりました。
神崎さん、あなたは強い人だ。私には真似出来ません」
「いえ、その逆です。私は臆病者ですから」
山本医師と看護師が病室を出て行った。
一緒に話を聞いていたミュウは、涙で化粧が崩れてしまっていた。
「悪いが俺の携帯で友理子に電話してくれ。大したことはないようだと」
「もう少しだけ待ってくれる? 今、電話を掛けたら私、泣きそうだから・・・」
私は頷き、目を閉じた。
一時間ほどして友理子と楓が病室にやって来た。
「あなた! 大丈夫なの?」
「パパ、大丈夫!」
ミュウがフォローしてくれた。
「お店で急に倒れちゃってー、もう心配したわよー。
私、救急車なんて初めて乗っちゃった。
ただの過労ですって、明後日、退院出来るそうよ。
働き過ぎなのよ、支配人は。
じゃあ私は帰りますね? 神崎さん、ゆっくり休んでね?」
「色々と主人がお世話になりました」
「ミュウ、ありがとな、会長にもよろしく言ってくれ。
しばらく休ませてもらうと」
「わかった。じゃあまたねー!」
ミュウはそのまま明るく病室を出て行った。
エレベーターに乗り、ドアが閉まるとミュウは声を上げて泣いた。
楓が上掛けの上に手を置き、心配そうな表情で言った。
「パパ、ゆっくり休んでね?
ママと私のために一生懸命働いてくれてたもんね? ごめんなさい」
「あなた、本当に大丈夫なの? 痛みはない?」
「ああ、心配を掛けたな? 明後日には退院出来るそうだから、肉でも食いに行くか? ニンニクをたっぷりつけて、栄養を付けないとな?」
「とりあえず、着替えとか一通りの物は持って来ましたけど、他に必要な物があれば言って下さい」
「何も要らないよ。テレビでも観てのんびりするから。
今日はもう大丈夫だから帰っていいぞ。俺もゆっくり休みたいから」
「そう。じゃあまた明日来ますからね?」
「パパ、お大事にね?」
友理子と楓が帰った後、私はベッドを起こし、窓の外を見た。
朝のきらきらした光が、病院の木立を照らし、今日もありふれた日常が始まろうとしていた。
どうやら私の命のカウントダウンが始まったようだった。
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