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国境の街レゲンダ

第二十六話 姉御と騎士は乳繰り合う

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 翌朝、ライラが目を開けた時にはバーンズはすでに起きており、不安そうな顔をしていた。夜通しずっとライラを保温していたが、彼にはそれしかできなかったのだ。

「体調はどうですか?」

 ライラを胸に抱き寄せつつバーンズが尋ねた。ライラは毛布の中からもぞもぞと顔だけ覗かせる。

「まだ熱っぽいけど、昨晩よりはいいよ。ありがとうね」
「いえ、ライラさんのお役に立てて光栄です」

 だるさの残るライラは彼にされるがままだったが、気になっていた疑問を口にした。

「そういや、バーンズ君が、騎士じゃないって話を……」
「あー、あれですね」

 だるさでとろんとしたしゃべりのライラに、バーンズがいかにも苦笑いという声を出した。

「確かに僕はの騎士ではありません」
「もったいぶらないで、欲しいんだけど」
「気が回らないですみません。僕は円卓の騎士なので。騎士団は昨年退団したのは事実です」
「円卓の、騎士?」

 聞いたことのない名に、ライラは顔を上げバーンズを見た。ライラに説明する為に言葉を選んでいるのだろうか、眼鏡無しのぼやけた視界の向こうで口をんにっと曲げ思案顔をしている。至近距離ならバーンズの表情も良く見えた。

「えっと、基本的に騎士は王家に仕えるんですが、その中でも国王に仕えるべく選抜された騎士が十三人いるんです。それが円卓の騎士で、僕はその十三番目です。まぁ、一番の新人ペーペーですけどね」
「ここに来たのは、王様の命令で?」
「円卓の騎士を指揮してるのが王太子のケルリオン殿下なんで、殿下の命ですかね。当然国王陛下もご存じのはずです」
「へぇ、バーンズ君は、すごいんだね……」

 ライラはそう言うとバーンズの胸に額をつけた。

 ――良くわかんないけど、偉いんだろうな。なんか身分違いも桁が外れちゃってる感じだねぇ。

 頭がぼーっとしていても胸は痛む。キキっと悲鳴を上げる胸をなだめるように、ライラはふーっと長い息を吐いた。吐いたところで何も変わりはしないが、心持ち落ち着く。ただそれだけだ。

「まー堅物の息子はやっぱり堅物だったって、陰口叩かれてますけどね」
「堅物の、息子?」
「僕の父は騎士伯なんですよ。あっと、騎士伯ってのは国王に功績を認められて爵位を得た騎士のことを指すんですが、まぁ一代限りの爵位なんですよね。質実剛健頑固一徹な父が色々と武勲を立てて騎士伯になったってことで、堅物呼ばわりされてるんですよ。やっかみでしょうけど。で、僕はそこの次男です。父に憧れてたってのもありますけど、生きていくために騎士になりました」

 これでも僕、頑張ったんですよーと続けるバーンズの声は、どこか自慢げだ。それだけ騎士でありながら爵位を得た父を尊敬しているのだろう。わき目も振らず騎士として邁進していたがために堅物と言われたんだろうなぁ、とライラは想像した。
 顔はいいのに独り身であることと、腹痛で伏せった時でもコトリネの話に必死に食いついたのは、そんな父親譲りの真面目さだったのかもしれない。

「バーンズ君は、堅物なんかじゃないさ」

 ライラはバーンズの腹部に手を当て言い切った。訓練とはいえトカゲを食べるようなことを明るく言う彼は、普通という道からはちょっと迷子だが朗らかな青年だった。ライラの境遇もおもんばかってくれるそんな彼だからこそ、協力したのだ。
 いい具合に割れている腹筋に沿ってライラが指を滑らせると、ビクリとバーンズの体が揺れた。

「性感帯は、ここかな?」
「ちょっとライラさん? くすぐったいんですけど?」
「堅物なら、ここで、やめろとか、不機嫌になるんじゃないの?」
「相手がライラさんなら怒りませんって」

 バーンズがライラの頭をすりすりと撫でる。良い答えなど期待はしていなかった故に、こんなことでもライラはホッとしてしまう。自分も案外ちょろいなと、ふふっと笑ってしまった。
 そしてホッとしたことで再びバーンズへの疑問が浮かび上がった。

「……そういえばさ、あたしはバーンズ君のことを、全然知らないんだよね」
「あ、僕のことを知りたくなりました? 嬉しいなぁ」
「こーゆーとこも、堅物らしく、ないよね」
「いやー、ライラさんの前だと、気が緩むというか、なんですかね、尻尾があればワンとか吠えて足にスリスリしてるかもしれません」

 ライラは頭の中でヘラっと笑うバーンズの腰あたりに、くるりと巻き上がる尻尾が揺れている場面を想像していまい、その似合いっぷりにぷっと噴出してしまった。ニコニコ笑顔でワフンと吠えるその様は、どうしてかバーンズに、本当にピッタリなのだ。

「笑わないでくださいよー。緩んじゃうのはライラさんの前だけですよ?」
「ここまで緩いのは、それはそれで、問題だろ?」
「ライラさんには甘えたくなるんです」

 チュッとライラの額にバーンズの唇が落とされた。堅物さのかけらもないね、と思いつつもライラの頬はぽうっと熱くなる。

「バーンズ君。今の行為は、まぁとやかくいわないけど、汗もかいてる上に顔も洗ってないから、汚いんだよ?」
「愛情のなせるわざと思ってくれれば」

 さらに額に唇が押し当てられる。優しく、愛おしむように何度も繰り返された。髪も指で梳かすように、何度も撫でられる。他人、それも異性から髪を梳かされるなど数年なかったライラは、水に浮くような心地よさにくてっと身を任せた。
 綺麗じゃないのに、と咎めるよりもそのままを受け入れる心が勝ってしまったライラだが、バーンズの体調も崩しては医師の名折れだ。名残惜しい心に蓋をして彼の胸にそっと掌をあてた。

「嬉しいんだけど、医師としてさ、汚いものに口を触れるのは、推奨できないんだ」
「嬉しいと言われては止められないですね。それにライラさんは別です。好きな女性の身体は神秘かつ清純に感じるものです」
「バカ言ってんじゃ、」
「あのぉぉ! 朝っぱらからいちゃついてる会話を聞かされる身になってほしかったりするんですけどぉ!」

 隣の診察室で控えていたケイシーが、我慢ならんと顔を覗かせた。口調こそ怒っている風だがにやけているその顔が彼女の心情を物語っていた。
 今までの睦言に近い会話をばっちり聞かれてしまっていたライラは、熱くなる顔を誤魔化すために「君のせいだ」とバーンズの胸をベシベシと叩くのだった。





 ライラの熱が下がるまでに二日かかった。レゲンダの外で待機していたバーンズ旗下の部隊によって、軍は速やかに武装解除された。もちろんミューズが素直に従ったのが原因だが。ともかく、血を見ることなくレゲンダは制圧された。
 イエレンが拘束され、ライラが倒れているので診療所は開店休業状態だ。簡単な措置はケイシーらが行ったが診察が必要な患者は我慢してもらっていた。申し訳ないと感じるが、ライラの体も休息が必要だった。
 ライラが臥せっている間、バーンズが献身的につきっきりで看病していた。そばかす顔のフェーニングが何かと家を訪れてはバーンズから指示を受け、必要なものなどを用意していた。フェーニングの目の前でもライラから離れないバーンズを見て、彼の瞳には呆れと有り得ないという色が浮かんでいた。晒し者の身にもなれと言いいたげなライラであった。
 自宅で看病という監獄にいたライラにはそれくらいしか知り得ていない。ミューズがどうなっているかを聞いてもバーンズは「大丈夫ですよ」と曖昧な答えしかくれなかった。

 熱も下がって動けるようになったライラはバーンズに伴われて診療所へ向かっていた。ライラは右を歩く彼を見上げて言う。

「バーンズ君。いつまでもここに居て良いわけじゃないんだろ? あたしは治ったから、もう王都に帰ってもいいんだよ?」
「ライラさんが風邪で倒れていたという理由もあるんですが、僕がいる理由はそれだけじゃないんですよ。まだこの件が落着したわけではないんです」
「そうなの?」
「えぇ。統治機構の立て直しが残ってますから」

 バーンズが真剣な顔で答えた、イエレン他加担した兵士は現在牢にて監視下にあると。ミューズが捕らわれているとすれば、彼の代わりも必要だろう。そのことを言っているのだとライラは理解した。
 ただ、イエレン他は死刑にしない代わりに王都に連れて行くことが決まっている。彼らの家族はレゲンダに置いたままだ。逃げたそうとしないように人質なのだろうが、命は保証されると聞いて、ライラも反対はできなかった。
 家族が離れ離れになってしまうことに心が痛むが、結局は自ら招いたことで仕方がないんだ、と思うことにした。
 ライラは重い足取りでに診療所へ向かう。診療所につくと、見たこともない身なりの良い男性が足を組んで椅子に座り、気怠そうに頬杖をついていた。
 年の頃はミューズよりは若そうに見えた。紫を基調にした軍服にも似ている折り襟の上着。いくつもの勲章らしきものが右胸に輝いている。
 腿の部分がやや膨らんだズボは、裾が脛までのブーツにキッチリ入れ込まれており、彼の几帳面さがにじみ出ていた。
 ライラの目が引きつけられたのは何よりもその顔である。
 白粉よりも細やかで滑らかな肌に怜悧な眼差し。真っ直ぐ横に結ばれて不機嫌なはずなのに色気さえ感じる唇。長い金糸を首の後ろで一つにまとめただけなのに漏れ出る気品。バーンズを軽く凌駕する圧倒的王子様感。

 ――あぁ、これ、本物の王子様だ。

 ライラは確信した。マジもんの王子様で、彼がバーンズの上司なんだろうと。
 その王子様が筆で引いたような眉を持ち上げ、ダルそうに口を開いた、

「お前がライラか?」

 意外と若そうだが尊大な声が、冷ややかな視線と共にライラに刺さる。彼の高圧的な言動に彼女はビクリと肩を揺らした。
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