16 / 59
第十六話
しおりを挟む「──とても、大事にしているんだな。セレスティナ嬢は」
「ええ、とっても可愛くて素敵なのです」
にこにこと嬉しそうに笑うセレスティナから、ジェイクは顔を背けると唇を噛んだ。
(やっぱり、あの時セレスティナ嬢と一緒に居た男の事が……)
ジェイクは自分が勘違いしている事など気付かず、こんな婚約者役を頼んでしまった自分を悔いる。
もし、セレスティナのクロスフォード伯爵家が困窮していなかったら。
もし、自分がセレスティナに目を止め婚約者役を申し込まなかったら。
そうしたら、もしかしたらセレスティナは本当に心から想う人と本当の婚約を結べていたかもしれない。
自分がセレスティナに婚約者役を頼んでしまったが為に、セレスティナの幸せを潰してしまっている、という事にジェイクは苦しそうにセレスティナに視線を戻した。
(婚約者役を頼んだばかりだが、やはりセレスティナ嬢を解放した方がいいだろうか)
不思議そうにジェイクを見上げてくるセレスティナのくりくりとした大きな緑色の瞳に見つめられ、ジェイクは開いた唇から声を出そうとしたが、「偽装婚約を辞めよう」と言う一言が喉に突っかかったかのようになり、発せない。
「どうしましたか?ジェイク様。具合でも悪いのですか?」
大丈夫ですか?と心配そうに見上げてくるセレスティナに、ジェイクは視線を逸らした。
「──何でもないよ、セレスティナ嬢」
解放しなくてはいけないのに、ジェイクの唇からはその一言を伝える事が出来ずに誤魔化すような言葉を告げた。
それならいいのですけれど、とまだ納得していないようなセレスティナにジェイクは自分の胸元をぎゅう、と制服の上から握り締めると心の中でセレスティナに謝罪した。
学園に着いて、いつもの様にジェイクの手を借りて馬車から降り立つと学園へと二人並び合い、向かって行く。
以前は周囲からの嫉妬の籠った視線がビシビシとセレスティナに注がれていたが、ジェイクが共に居てくれるようになってその視線も若干緩和された。
(けれど、だからといって完全に油断は出来ないわよね)
ジェイクと行動を共にしているとは言え四六時中一緒に居るという事は出来ない。
油断した頃にこの間のように何処かへ連れ出される可能性だってまだあるのだ。
無事、自分とジェイクが婚約を解消するその時まで油断は出来ない。
(婚約解消した後にまでこの間のような事は起きないわよね?)
そうなってしまったらジェイクに助けてもらう事は出来ないし、自分の身は自分で守らねばならない。
セレスティナは解消後の事にまで考えが及んでおらず、不安になって来るが今不安になっていてもどうしようも出来ない。
セレスティナは隣のジェイクに見えないように拳を握ると気合を入れた。
「セレスティナ嬢、今日は庭園で昼飯を食べよう」
「ジェイク様。分かりましたわ」
昼休憩の時間になって、セレスティナの席にジェイクがやってくると優しく微笑みながらセレスティナを誘う。
あれから、本当にジェイクは学園に居る間はしっかりとセレスティナを守るように常に行動を共にしてくれている。
ジェイクの微笑みに、こっそりと二人の様子を伺っていた同じ教室の令嬢達は見蕩れて頬を染めている。
そして、見蕩れてぽうっとしていた態度から一変、セレスティナを嫉妬に狂った恐ろしい瞳で睨みつけてくるのだ。
いつも、昼休憩の時はこのような視線を受けるのが日常となってしまってセレスティナは始めは怯えていたものの、今ではジェイクに微笑み返す余裕まで出てきた。
二人で今日室を出て、庭園まで和やかに会話をしながら向かう。
今日は何処で食べましょうか、と話しているとジェイクがセレスティナに微笑みながら唇を開く。
「今日は噴水の近くのベンチで食べようか。あそこは花壇も一望出来るし景色がいいから」
「そうですね、綺麗な景色を眺めながら食べる昼食はきっととても美味しいですね」
ふふ、と笑い声を零しながら自分の口元に合わせた両手を持って行くセレスティナがきらきらと輝いているように見えて、ジェイクはぼうっとセレスティナを見つめる。
(こんな風に俺にも笑いかけてくれるのか……可愛いな)
自然とそんな事を考えてしまって、ジェイクはハッとすると自分の口元を押さえた。
セレスティナの可愛らしい仕草と笑顔についつい自然とそんな考えに至ってしまったジェイクは、自分はフィオナが好きなのに、何故。と大きく狼狽えた。
庭園に出て、二人がベンチまで辿り着くと他の生徒達もちらほらと庭園で昼食を取っているようで、セレスティナとジェイクは程よく距離が離れた場所にあるベンチに二人して腰を下ろした。
昼食のお弁当は殆どがセレスティナが用意してくれていて、ジェイクはセレスティナの家の料理人はとても料理が上手いんだな。といつも関心していたが、実はお弁当はセレスティナが毎回自分で手作りしているとは知らない。
セレスティナは、安価で質のいい食材を自ら仕入れ料理人達と料理を作っている内にいつの間にか料理の腕を上げていた。
通常、貴族の令嬢は料理等しないのだが、セレスティナの伯爵家は生活に困窮していた事から複数の料理人を雇えずそれぞれが出来る事をしていたのだ。
セレスティナは料理を手伝い、母は邸の掃除を手伝う傍ら不要な品が無いか屋敷内を探し少しでも家計の足しになる物を売っている。
自分に刺繍の腕でもあれば良かったのだが、そちらの腕は壊滅的であった。
だが、セレスティナは自分が作った料理を「美味しい」と言ってくれ、笑顔になってくれるだけで料理が出来て良かった、と教えてくれた料理人に感謝した。
お弁当の蓋を開けて、ベンチに敷いたハンカチの上にお弁当箱を乗せると、ジェイクにフォークを手渡す。
「今日もどれも美味そうだな」
笑顔でそう言ってくれるジェイクに、セレスティナも自然と笑顔になる。
二人で和やかに昼食を取ろう、とした瞬間、二人の近くでぶーん、と何か大きな虫の羽音がした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,823
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる