あなたの事はもういりませんからどうぞお好きになさって?

高瀬船

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第百三十三話

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夜が明け、朝方の冷えた空気にミリアベルはもぞり、とベッドの中で動くとぱちりと瞳を開いた。

ゆっくりと上半身を起こし、ヘッドボードへと背中を預けると驚く程体が軽くなっているような感覚に驚く。

「──もう、以前と同じように動けそう……!」

ミリアベルは弾んだ声音で呟くと、ここ数日鈍ってしまっていた体を動かすようにぐぅっと伸びをすると、そのままベッドから足を下ろして立ち上がる。

「今日からは普通に過ごせるし……。ランドロフ殿下との話し合いをするのよね……?」

魔力が回復してから話し合おう、と言われ体調の回復を最優先にしていた。
その体調が魔力の回復と共に戻ったのであればもう問題はないだろう。

ミリアベルは弾む気持ちそのままに着替え始めた。










正午過ぎ。
午前中にノルトやネウスと合流したミリアベルは、未だ心配そうなノルトを何とか説得し、ランドロフと会う機会を得てもらう為体調の回復をノルトを通じてランドロフへと報告した。

報告後、直ぐさまランドロフから返答が来て、午後に王城の応接室でランドロフと会う約束を取り付けた。

ランドロフの侍従に案内されるままその応接室へ向かう道の途中、王城の中心部と客室がある別棟を繋ぐ廊下へ差し掛かる。
廊下は王城の庭園の横にあり、ミリアベルはその庭園へ視線を向けながら「ノルトと訓練で過ごしたあの別邸で見た庭園も美しかった」とふと思い出す。

ミリアベルの前を歩くノルトとネウスにちらりと視線をやって、ミリアベルは何故だか寂しいようなそんな感情を抱いてしまう。
たった数ヶ月だ。
ネウスに至ってはもっと少ない。

自分がベスタから婚約破棄を言い渡され、学院で謂れの無い事柄で糾弾され、どうしたらいいのか分からなかった時にノルトに救われた。
聖魔法の適正が途中覚醒し学院に通わなくて良くなり、討伐に同行してネウスと出会った。
それから本当に目まぐるしく色々な事が起きた。

普通に、伯爵家の令嬢として過ごしていたら何一つとして経験する事が無かっただろう事柄達。

ミリアベルはもう一度ちらり、とノルトへと視線を向ける。

(しかも、ノルト様とお会いしてお話して、こんなに長い時間を過ごすようになるなんて、普通に過ごしていたら絶対に有り得なかったわよね……)

そして、魔の者の王であるネウスと出会う事も、この国の王族と言葉を交わす事になる事も有り得なかった。

あの時、ベスタが行動した事で思いもよらなかった事が起き、そして沢山の事を経験した。
過去を思い出せば、未だに胸は痛むがミリアベルはその痛みも大分小さく、些細な痛みになっている事に驚く。
あの当時は思い出す度に涙が滲んで来ていたが、今は微かに胸が痛むが涙は出ない。

「──ミリアベル嬢?どうした、体が辛いのか?」
「──っ、いえ!すみません、ノルト様」

いつの間にか足が止まってしまっていた。
ミリアベルの気配が離れている事に気付いたノルトが慌てて振り返り、戻って来る。
心配そうに顔を覗き込まれて、ミリアベルは慌てて顔を横に振ると急いで侍従とネウスの元へとノルトと戻る。

「歩くのが辛いなら俺が抱いて行ってやろうか?」
「大丈夫です……っ!」

揶揄うような声音でネウスがそう言うのに対し、ミリアベルはぶんぶんと首を横に振る。

暫くの間共に過ごしているが、ネウスの揶揄いの態度には未だに慣れる事が出来ないミリアベルは、大袈裟に反応してしまう。

ミリアベルは庭園から視線を外した。









「ランドロフ殿下を呼んで参りますので、中でお待ち下さい」

応接室に到着し、案内をしてくれた侍従がミリアベル達にぺこり、と頭を下げて去って行く。

ランドロフが来るまで、中で待っていようと言う事になり、ノルトが部屋の扉を開けてミリアベルを中へと促す。

適当にソファへと腰を下ろして息をついた頃。
何の気なしにノルトがネウスへと唇を開いた。

「そう言えば、ネウスはミリアベル嬢が魔力を回復させている間、ランドロフ殿下から誰か紹介されていたな?ロザンナさんとも何かやり取りしてたみたいだが、何かあったのか?」

ノルトの言葉に、ミリアベルも不思議そうにネウスへと視線を向ける。

姿が見えない事が多々あったが、何か魔の者の国の方であったのだろうか。

「──あー……、あぁ、うん……。ちょっと、ランドロフに人間側で魔道具に詳しい奴を紹介してもらってた」
「魔道具に詳しい者を?──あぁ、そう言えばネウスは前に映像記録の魔道具に興味持っていたもんな?」

言いにくそうに呟くネウスに、ノルトも以前のネウスの態度を思い出し何の気なしににそう答える。
ノルトの言葉にネウスもこくり、と頷くと言葉を続ける。

「あー……、黙っててもその内知ると思うから言っとくぞ。……魔力を糧に幻覚を見せる魔道具を共同で作成した。まあ、まだ試作段階だから色々と改良は必要だが、魔力を吸収する事は成功し、幻覚を見ている事も確認出来ている」
「"確認出来ている?"」

ノルトの言葉に、ネウスはこくりと頷く。
すると、ネウスの視線がふと扉の方向へと向き、ミリアベルに話し掛ける。

「──ミリアベル、ランドロフが来たみたいだ。出迎えてやってくれ」
「え、あ、はい。分かりました」

ネウスの言葉に、ミリアベルはソファから立ち上がるとパタパタと扉へと駆け寄って行く。
その後ろ姿にノルトとネウスは視線を向けながら先程より声の大きさを抑えながら会話を続ける。

「──貰った大司教に使用したが、問題無く魔力を吸収し、幻覚も見続けている」
「被検体にしたのか?」
「ああ。どうやらあいつはランドロフの母親の幻覚と、自分の過去──胸糞悪ぃ過去の幻覚を見続けてる。ランドロフの母親の幻覚を見たいから永遠に、それこそ命を落とすまで魔力を吸収され続けるだろうよ」

俺は別に強制なんてしてねぇんだぜ?
と軽い仕草で肩を竦めてそう言うネウスに、ノルトは眉を顰める。

どんな仕様で魔道具が発動しているのかは分からないが、ネウスの口ぶりから第二王妃との幻覚を見たいが為に大司教は自ら進んで魔力を供給し続けているのだろう。

ミリアベルが魔力切れを起こした通り、魔力を魔道具へ供給し続ければその内魔力切れを起こし、最悪の場合命を落とす。
その事をネウスは分かっているのだろうか、とノルトが唇を開こうとした時、ネウスは言葉を続けた。

「──今は大司教さまも眠って魔力を回復してるぜ。簡単に命を落としちまったら罰にならねぇだろ?」

ネウスが言葉を紡ぐと同時、ミリアベルが扉を開けてランドロフが入室した。
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