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その機会は二度と訪れないかもしれない
しおりを挟む爽やかな風が吹き、アルファスト家の正門近くの庭園には様々な花々が香しい香りを風に乗せて鼻腔を擽る。
そんな美しい庭園を執務室から眺めながら、レオンはハドソン伯爵に振り向いた。
「伯爵…どうしてこうなってしまったのか、昨夜の夜会で何があったのか詳細を話して欲しい。」
「それが…」
ミュラーの父親は憔悴しきった顔で昨夜起きた事を説明し始める。
夜会での一件から、開催中は様々な男性がミュラーにダンスを申し込み、体力が限界を向かえ、ホーエンスが助け舟を出すまでミュラーがダンスの誘いに応じていた事。
その日にミュラーと詳しい話しをする事が出来なくて、本日である翌日にミュラーと話しをした事。
早朝からミュラー宛に届き続ける釣書の事。
そして、ミュラーと話した際にレオンに気持ちを返して貰えなかったらこうする事を決めていた事、悲しそうに微笑み幸せになりたい、と言われた事。
「……」
「アルファスト侯爵、申し訳ない…私の判断ミスだ…」
「あなたが…あなたがミュラーの気持ちに一切答えるな、と言ったんだ。成人するまではハドソン家でミュラーを護るから安心して欲しいと言って、俺からミュラーに気持ちを伝える事も、求婚に応える事もするな、と言った。
俺はミュラーを護る、と言った伯爵の言葉を信じてこの7年間過ごしてきたんだ。どうしてこうなった!」
普段、温厚なレオンからは想像も出来ない程声を荒らげ怒りを露わにする姿に後ろで控えていたアウディがびくり、と肩を震わせる。
「確かに父親のあなたから見たら年端もゆかない少女に俺を近付かせたくないのはわかる、だからこうなる事を望んでいたのか!?」
最初は穏やかに話そうと思っていた。
怒りに任せ、伯爵を責めても意味をなさない。
それより、早くミュラーに届く釣書をどう対処するか、そして伯爵にレオンから求婚する事を了承して貰うつもりだった。
けれど、昨夜の事を聞いて、そしてミュラーから言われたという言葉を聞いてレオンは我慢が出来ず声を荒らげてしまう。
分かっていたんだ。
父親の娘を大事に思う気持ちを、自分のように、幼い少女に劣情を抱く人間に早い段階で娘を預けたくない気持ちも。
だから、伯爵との約束を守った。
ミュラーの事は任せて欲しい、という言葉を信じて。
護る、とはミュラーの体だけ守ればいいという事ではない。心も一緒に守らねばならないのだ。傷付いた心を慰めて、心と体を守って初めてその人間を護れたと言える。
けれど、ミュラーはもうレオンを諦めてしまった。
「幸せになりたい」と、レオン以外の伴侶と幸せになりたいと話したと言う。
こんな事になるなら。
あの日、最後に告白してくれたあの日にミュラーに自分の想いを伝えたかった。大好き、という言葉に自分も愛している、と返答したかった。
レオンの事をミュラーは諦めた、という事実が夜が明けてからどんどんと広まっている。
その広まりに乗じて、自分の元へも他の貴族から婚約の打診が訪れ始めてしまっている。
これでは手遅れになってしまう。
早急にミュラーの元へと駆け付けたいが、傷付き他へ目を向けたミュラーに今言い募っても信じて貰えるだろうか。
本当はずっと好きだった、と、本当は愛しているんだ、と伝えても更に傷付ける予感がする。
「─伯爵、とりあえずミュラー宛に届いた釣書を全て名簿に書き出しこちらに渡してくれ。誰から釣書が届いたのか人物を全て把握しておく」
レオンは、数日後に控えた舞踏会でミュラーに接触してくるであろう貴族子息達を頭に叩き入れる為、そうミュラーの父親に伝えると、話は以上だとばかりに執務机に戻り、退出を促した。
「姉様、元気がないようですが大丈夫ですか?」
ミュラーの年の離れた弟、ディオルトが心配そうに顔を覗き込んでくる。
ミュラーは優しく笑うと、ふわふわとしたディオルトの髪の毛を優しく撫でる。
「ディオ、ありがとう。少し昨夜の夜会で疲れてしまっただけだから大丈夫よ」
そのミュラーの言葉に、ディオルトはにぱっと嬉しそうに笑いながら甘えるようにミュラーに擦り寄る。
まだ母が恋しい年齢だ。産後の肥立ちが悪く、ほぼ一年中寝室で過ごす母親と面会出来る時間は少ない。
母とめいいっぱい過ごす事が出来ず、弟は寂しいのだ。
遠くから家庭教師のディオルトを呼ぶ声が聞こえて来る。
「さぁ、ディオ。先生を待たしては行けないから早く行きなさい」
「はーい、姉様勉強が終わったら一緒にいてね!」
笑いながら駆けて行くディオルトに、ミュラーは快く了承すると、サロンから出ていく弟の後ろ姿を見送った。
「私が結婚して出て行ってしまったら、ディオはこの邸に一人ぼっちになってしまう…」
ポツリと零した言葉に、傍に控えていたラーラが元気づけるように口を開いた。
「あら、でもレオン様はディオルト様を大変可愛がってますし、きっとディオルト様をアルファスト家に沢山招待してくれますわ」
ラーラのその言葉に、ミュラーは何とも言えない表情で微笑むと、ええそうね。と静かに返した。
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