素直になれない皇女の初恋は実らない

高瀬船

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もしかしたらカイルは、と考えてしまった自分の思考が恥ずかしい、とシェリナリアは羞恥で赤く染った自分の顔を両手で覆った。

「──……っ、もう……っ。そんな事ないのに馬鹿な事を……!」

部屋の外ではカイルともう一人の護衛騎士が待機しているのを分かっている為、大きな声を出す事は出来ないが、もし部屋の外に誰も人が居なければ恥ずかしさで大声を出してしまいたいくらいだ。

一頻り足をバタつかせてから、シェリナリアはむくりと起き上がる。

「向こうの国に向かうのは半年後よね。あちらで他の人との顔合わせが終わったら再度帝国に戻り、婚姻の準備が始まるわ……。自由に過ごせるのもあと半年、帝国に戻ってからは準備で忙しなくなってしまうわね」

ふむ、と考え込むとシェリナリアは半年間の間にしたい事、しなければいけない事を考え出す。

「お父様への挨拶は、まあ……それとなく済ましておいて……。騎士団の皆へは一度挨拶しておきたいわね。それに、慰問で訪れていた各方面にも挨拶をしておかなくちゃ……」

半年後、あちらの国へ向かって戻ってからはもう会う事が出来なくなる可能性がある。
それならば、まだ自由に動ける内に会いたい人に会って、挨拶をしておきたい。

「──カイルとシアナもあっちに着いて来てくれるかしら……。シアナはきっと着いて来てくれるわよね……けれど、カイルは……」

シェリナリアは、カイルとシアナと出会った時の事を思い出す。

あれは、自分がまだ四歳の頃だったか。
初対面の時の記憶はうろ覚えではあるが、その日皇族であるシェリナリアの専属護衛騎士の専任の儀が行われた。

女性騎士の選出は高位貴族の女性騎士の中から希望者を募り、大勢の希望者の中から騎士の腕──即ち実力を示して合格者の中から更に厳しい試験を行い、選出される。
シアナはその厳しい専属護衛騎士の試験を勝ち抜いた人物で、騎士としてとても実力がある人物だ。
騎士団の中から、シアナが専属護衛騎士へ転身する事を惜しむ声が出た程である。

そして、男性騎士の選出も通常であれば女性騎士と同じような試験で選出されるのだが、シェリナリアの場合、些か違った。
専属護衛騎士の選出には皇帝陛下は公平性を保つ為に関わらないのが暗黙の了解であったにも関わらず、何故かシェリナリアの時はそうではなかった。
皇帝陛下の右腕である伯爵家の宰相、そのクロージック伯爵家の息子を皇帝陛下自ら連れて来て、専属護衛騎士の選出に参加させたのだ。

本人が本当に専属護衛騎士になりたかったのかどうかは不明だ。
皇帝陛下が声を掛けてしまえば、しがない伯爵家の三男程度では断る事は出来ない。
宰相自体も、どう思っていたのかは不明だが、カイルの実力は文句なく、皇帝陛下が声を掛けなかったとしてももし自分で自ら希望しに来ても実力で専属護衛騎士の座を勝ち取っていただろう。

だから、シェリナリアにはまだ迷いがあった。

もし、自分の父親──帝国の皇帝陛下によって無理矢理選出の儀に参加させられたのであれば、今回の婚姻で彼を解放してあげてもいいのかもしれない。
自ら辞する事は言い難いだろう。
ならば、半年後あちらの国に向かう前に一度ゆっくりとカイルと話す時間を設けて、彼の素直な気持ちを聞いてみようか。

皇帝陛下の元から離れてしまうのだ。
もし、彼が皇帝陛下に忠誠を誓っていて、皇帝陛下からの命令だったから仕方なくシェリナリアの専属護衛の任に着いているのであれば可哀想な事だ。

「──そうね、そうよ。カイルにどうしたいか、聞いてみようかしら」

自分で言い難いだろうから、私から専属護衛の任を解いてあげてもいいかもしれない、とシェリナリアは考えると、早速明日は騎士団の詰所や訓練所へ向かってみましょう、と考え眠りについた。










シェリナリアがそんな事を考えているとは露知らず、カイルはあちらの国へ向かった時の事をシェリナリアの部屋の前で考え込んでいた。

扉の両サイドにカイルと、近衛騎士の男性が立ち護衛に着いている。

カイルはしっかりと視線を前に向けながら、先程のドレスト王国の王弟の事を思い出し、眉間に皺を寄せた。

(──皇女様はああ言ったが、あの男……本当に気に食わない。これだけ高貴な皇女様に対してまるでもう自分の物になったとでも言うように遠慮無く視線をやり、舐め回すように見ていた……。同盟国にならなければ良かったのに……。そうすればあんな国に皇女様は嫁がなくても良かったのに……)

先程からもやもやとした気持ちがちっとも晴れてくれない。

これは、主人に対する忠義から来る感情なのか。
それとも、カイル個人が抱いている個人的な気持ちなのか。

カイルにはこの気持ちの違いがまったく分からず、ただただ不快感にイライラと苛立ち続けてしまっていた。
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