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一章
20話
しおりを挟むお父様は、全部ご存知だったのね──。
ウェンディは、愕然とした。
いくら出来損ない、と蔑まれていても。
父と母だけは最後まで自分を見捨てないだろう、と。見限らないだろう、と勝手に思っていた。
だが、ウェンディのその認識はとても甘かった。
侯爵家の恥となる娘など、ウェンディの父と母は簡単に見捨てるのだ。
それを悟った時、ウェンディの中から父と母に対する親愛の情が、音を立ててガラガラと崩れ落ちた。
要はホプリエル侯爵家の娘が、国随一の護衛騎士と専属護衛騎士契約をしていれば、それはもうどちらでもいいという事なのだろう。
ウェンディでも、エルローディアでも。娘であれば、どちらでもいい。
寧ろ、出来損ないと呼ばれるウェンディより社交界で評判の高いエルローディアがフォスターの主人である方が都合が良いのだろう。
理解したくなくとも、ウェンディには理解できてしまった。
だから、実の娘がこのような大勢の人間の目の前で恥をかこうとも気にしていないのだ。
ウェンディは、自分の心の中でぷつり、ぷつりと何か細い糸のような物がちぎれていくような、奇妙な感覚を覚えた──。
◇
祭典最終日の模擬戦が終わり、 ホプリエル侯爵邸に戻った。
戻ったばかりだと言うのに、侯爵は馬車から降りるなりウェンディに向かって冷淡な声で告げた。
「ウェンディ、フォスターとの専属護衛騎士契約を破棄する。このまま着いて来なさい」
「──分かりました、お父様」
ふふ、と勝ち誇ったようなエルローディアの声が背後から聞こえる。
ウェンディの母は、エルローディアに声をかけてウェンディには一瞥もくれる事なく邸に入って行く。
契約の破棄は、ウェンディとフォスター両名が必要だ。そのため、必然的にフォスターもその場に残っており、侯爵が歩いて行く先に着いて行っている。
「ウェンディ嬢、侯爵が行ってしまいます。お早く」
既に他人行儀な振る舞いのフォスターに、ウェンディは最早面白くなってしきてしまった。
人の情とは、なんと脆いものか。
ウェンディの心は失意に覆われていた。
「分かっているわ」
小さく返事を零し、ウェンディは侯爵の後を追う。
到着した場所は、鍛錬場だ。
専属護衛騎士契約は、魔法契約である。
契約者両名が契約魔法のかかった書類に、小刀で自分の指を浅く切り、血を垂らして契約を行う。
契約の破棄など、まさか自分がするとは思わなかったウェンディだったが、破棄の仕方も契約を結ぶ時同様の手順で行う。
ウェンディとフォスターが契約をした時は、当主である侯爵が見守る中、書斎で行われた。
契約する両名が契約に納得していれば、無事に契約は成る。
だが、もし。もし、万が一どちらかが契約に納得していないと、魔力が反発し合い、魔法が暴走を起こしてしまう、らしい。
けど、契約を結ぶ時のウェンディとフォスターは誰がどう見てもお互い信頼し合い、愛情を抱きあっていた。
だから、万が一の暴走の可能性など考える必要などなかった。
だが、今回は。
(私が反発すると、思っているのね……。反発なんてしないのに)
ウェンディが抵抗すると思っているのだろう。
そのため、防御魔法で守られた鍛錬場を選んだ。
万が一ウェンディが暴れても、すぐに制圧できるよう、最適の場を選んだらしい。
「ウェンディ嬢、あなたの番だ」
「……分かったわ」
小刀で自分の指先を切り、契約魔法のかかった書類に、フォスターが血を垂らした。
そして無表情でウェンディに小刀を渡してくる。
ウェンディは小刀を受け取り、躊躇いなく自分の人差し指を切った。
ぴりっとした痛みが指先に走ったが、ウェンディは僅かに顔を強ばらせただけで、躊躇いなく血を垂らした。
瞬間、二人の魔力に呼応して、契約書類が微かに光を帯びる。
まさか、ウェンディが少しもごねる事なく血を垂らすとは思わなかったのだろう。
肩透かしを食らった、と言うような顔をした侯爵が契約書類に手を翳し、魔法を発動させる。
「──両名の契約の見届け人、タークナー・ホプリエル。両名は、専属護衛騎士契約の破棄を行う。異論はないな?」
侯爵の言葉に、フォスターがはきはきと答えた。
「異論ございません」
「ウェンディ・ホプリエル、異論ございません」
ウェンディとフォスターが答えると、二人を淡い光が包んだ。
「ならば、両名の契約の破棄を」
侯爵がそう告げた瞬間、ウェンディとフォスターの体を包んでいた光が、すうっと無くなり、次いで体の中でぱつん、と何かが弾けたような感覚がした。
フォスターも、それを感じたのだろう。
驚いたように目を見開き、自身の両手を見下ろしている。
「──無事、契約は破棄されたようだな。ウェンディ、自室に戻っていい。ウェンディの身の振り方は、後日指示する」
「分かりました、お父様」
侯爵は、もう用はないとばかりに鍛錬場を後にする。
フォスターは、ウェンディに向き直ると晴れ晴れとした表情で告げた。
「これで、俺とあなたの契約は無くなった。もう、俺に縋りつかないで下さいよ、ウェンディ嬢」
何がおかしいのか、フォスターは愉しげに笑いながらウェンディを置いて鍛錬場を出て行く。
ウェンディは、一人残された鍛錬場で、首を傾げていた。
「……さっきの、感覚は何……? 一度目のあれは、契約を破棄した時の感覚だったのは分かるんだけど……。何かが、もう一度弾けたわ……?」
首を捻りつつ、ウェンディは自室へと戻るため、歩き出した──。
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