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一章
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しおりを挟む美しく、整った容姿を持った兄と姉に、昔はリズリットも誇らしかった。
けれど、成長するに連れて子供の時にはそこまで気にならなかった周囲の声にリズリットは大人になるに連れ心無い言葉に晒され続けて来たのだ。
容姿も普通、頭脳も普通、その時点で周囲から同情されるような視線を受けていたと言うのに、リズリットはこの年になるまで未だ精霊の祝福を得ていない。
そうすると、周囲の視線はもっと厳しく、残酷な言葉を伴って何度も何度もリズリットの柔い心を鋭い刃物のような言葉や態度でズタズタに傷付けて来た。
「お兄様やお姉様みたいに美しくもない、精霊に祝福を貰えていない……それが、本当にそんなにも悪い事なの……?」
リズリットは壁際で俯きながらついついぽつりと零してしまう。
──疲れた。
人の悪意に晒され続けて、リズリットは疲弊していたのだ。
今夜の夜会も、リズリットの為に兄のハウィンツも、姉のローズマリーもリズリットに付き合うような形で夜会に同行してくれた。
十七と言う結婚適齢期の妹に、未だに婚約者の一人も居ない事をリズリット本人よりも気にして、リズリットの婚約者探しのような夜会に同行してくれたのだ。
「お兄様にも、お姉様にも申し訳ないけれど……私はきっと結婚なんて出来ないわ」
リズリットは自分のドレスをきゅう、と力強く握りしめるとジンジンと痛むつま先に体重を掛けないように背中をそっと壁に凭れさせる。
壁に背を預け、俯いていたからリズリットは自分に近付く気配を感じ取る事が出来なかった。
だから、自分のつま先の向こうに影が出来たのが視界に入り、リズリットが正面を向こうとした時にパシャン! と顔に衝撃が走り、リズリットは体をビクリ、と震わせて硬直した。
「──あら! 嫌だ、ごめんなさい。床に躓いてしまってグラスの中身が零れてしまったわ!」
「まあ、本当に。大変ですわ! お顔が果実水で濡れてしまっているわ」
「髪の毛も張り付いてしまって、まるで濡れ鼠のように──……っふふっ」
リズリットは自分に掛けられた言葉が理解出来ずに瞳を見開き、ポカンとしてしまう。
床に躓いた?
こんなにも綺麗に磨かれた大理石が?躓いてしまうような欠けてしまった部分などあるのだろうか。
リズリットが無意識にそんな場所があるのだろうか、と床に視線を向けた所でリズリットに話し掛けて来ていた年若い令嬢達三人は、ずいずいと更にリズリットに近付いて来る。
まるで、周囲の視線から自分達で壁を作り、リズリットを見えないように、隠すように行動する令嬢達にリズリットは恐怖を感じてしまう。
「嫌だわ、濡れ鼠なんて……リズリット嬢に失礼では無くて?」
「ふふっ、申し訳ございません。ルーシー嬢。……ですが……ほら。見て下さいませ?リズリット嬢の御髪が果実水で色濃く変色し、お顔に張り付いている様が……ふふっ」
「女性に対して鼠など……そんな事を仰っては失礼ですわ」
ふふ、くすくす、とリズリットを取り囲むようにその三名の令嬢達は周囲から向けられるリズリットへの視線を自分達の体で巧妙に隠し、心無い言葉達をリズリットに放ち続けリズリットを傷付け続ける。
「──……っ!」
何故、自分がこんなにも辱められなければいけないのか。
リズリットは羞恥心と、悔しさから自分の視界が瞬く間に滲んで来てしまい、きゅう、と唇を噛み締める。
言い返したいけど、もし果実水を掛けたのが本当にわざとでは無かったら。
折角この夜会に連れて来てくれた兄と姉に迷惑を掛けてしまう。そうなってしまうのはリズリットも避けたい事ではある。
だから、いつも通りにただ黙って令嬢達の言葉をやり過ごせば良い。
そう頭では分かっているのだが、リズリットの視界はどんどんと滲んで来てしまい、最早自分の目の前に居る令嬢達の顔すらも滲んでしまって認識する事が出来ない。
「出涸らしが、生意気にもこのような夜会に出席する事自体が恥だと思いなさい」
「精霊の力も無く、直ぐに髪の毛を乾かす事も出来ずにみっともないですわね」
「本当に、濡れ鼠と言う言葉がぴったりですわね」
嘲笑、侮辱、悪意。
その感情を真っ直ぐにぶつけられて、リズリットは耐えられ無くなり、令嬢達を押しのけてその場から走り出してしまった。
後方からは逃げ出したリズリットを更に笑う声が聞こえて来て、リズリットはそのまま流れ落ちる涙を我慢する事無く、夜会会場のフロアを泣きながら抜け出した。
長い廊下が続く薄暗い場所に出て、一旦休憩が出来る部屋に入って休もう、とそのまま駆けて行く。
その場を離れてしまった事で兄や姉が心配して探しに来てしまうかもしれない。だが、あの場に残り続けるのはリズリットには耐えられない。
あの場で、兄と姉が戻って来るまで恐らくあの令嬢達はリズリットの側を離れる事は無いだろう。
もしかしたら、あの場に居続けてリズリットの兄であるハウィンツと接触を図ろうとしていたのだろうか。
何も言い返せない自分が悔しくて悔しくて、リズリットは涙で溢れる状況をそのままに廊下を駆けていく。
その道中、誰か男性から声を掛けられたような気がしたが、リズリットは立ち止まる事無く近場の空いている部屋へと入り込み、鍵を閉めて扉に凭れながらずるずるとそのまま蹲り、咽び泣いた。
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