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一章

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 こんな所で、ディオンと出会うとは思わなかったリズリットは驚きに目を見開くがそれも一瞬の事。
 騎士であるディオンが姿を表してくれた事で安堵感を感じ、リズリットは眉を下げてふにゃりとした笑顔を見せた。

「──っ。……っ、んんっ。それで、リズリット嬢、こちらの方は知り合いか?先程見えた君の表情が困っているように見えたのだが……?」

 リズリットに話し掛けていた青年に、ディオンがついっと涼やかな視線を向けるとディオンから視線を受けた青年はびくり、と体を震わせた。

「ディオン・フィアーレン……!? 何でここに……っ」

 あからさまに狼狽え始めるその青年にディオンは瞳を細めると更に厳しい視線を向ける。

「何故狼狽える……? リズリット嬢に何か用事があったのでは無いのか? 疚しい事が無ければ俺の前で続ければ良い」
「──いやっ、俺は別に……っ。ただご令嬢が困っていそうだったから声を掛けただけだ……! 失礼するっ!」

 ディオンに一歩近付かれ、リズリットに声を掛けた青年はじりっと一歩後退ると言い訳のような文言を口にして、そのままくるりと背を向けて逃げ出してしまった。
 リズリットが逃げ去って行った青年を驚きの表情で見詰めていると、リズリットの視界を遮るようにディオンが自分の体をリズリットの視界に移動させた。

「こんな場所で令嬢に声を掛けて、どうするつもりだったんだ、あの男は……」

 ぶつぶつ、とディオンが低い声で何かを呟いているようだが、リズリットと侍女のメアリーの耳には届かない。
 騎士団の団服を着ている事から、ディオンは仕事中なのだろう。リズリットは、お礼を告げて仕事に戻って貰おう、とディオンに視線を戻す。

「ディオン卿、どう対応すれば良いか分からず困っていた所を助けて頂いてありがとうございます。店の向こうに馬車が待っていますので、もう大丈夫です。ありがとうございます」

 にっこり、とリズリットは笑みを浮かべてディオンにお礼を述べる。
 これ以上、ディオンの仕事の邪魔にならないように、とリズリットが気遣いではこれで、と言うような言葉を告げたのだが、リズリットの言葉を受けてディオンはリズリットが入ったのであろう店へと視線を向けている。

「──ディオン卿?」
「この店は……男性用の装飾品を専門に扱う店のようだが……。何か贈り物でも……?」
「えっ!?」

 まさか、お礼を贈ろうとしていたディオン本人に店の事を聞かれるとは思わなかったリズリットは、ディオンの言葉に大袈裟に狼狽えてしまう。
 リズリットが慌てている様子を、瞳を細めて見詰めるディオンの雰囲気が、何故かぴりっと緊張感を孕んだ空気感に変化したようで、リズリットは更に狼狽えてしまう。

 何故、ディオンは突然不機嫌そうになってしまったのだろうか。

 リズリットがおろおろとしていると、やや後ろに控えていたメアリーが狼狽えるリズリットの代わりにディオンに軽く説明する。

「お嬢様は、お礼のお品をご自身で選びに参ったのです」
「メ、メアリー!」

 お礼の品を贈る本人を目の前にその事を口にしてしまうのは、と焦ってリズリットがメアリーに声を上げるが、リズリットの顔は恥ずかしさに真っ赤に染まり、瞳は潤んでしまっている。
 帽子とレースのお陰で、リズリットの表情は殆ど見えていない筈なのだがリズリットの目の前に居るディオンは僅かに瞳を見開き、薄らと頬を赤らめている。

「リ、リズリット嬢。その……、あまり女性だけで街中を歩くのは避けて下さい。一番街とは言え、絶対に安全とは言い難いのでどうしても出掛ける際は貴女の兄や、男性使用人と共に出掛けて下さい」
「わ、分かりました……。次回からはそう致しますね」

 リズリットの言葉に、ディオンは安心したように表情を緩めると、馬車までお送りします。とリズリットの伯爵家の馬車が待つ所まで案内してくれるらしい。
 リズリットは有難くディオンの提案に乗ると、共に馬車の方向へと歩いて行く。

 リズリットを伯爵家の馬車へ案内すると、ディオンは馬車の扉を開けてリズリットに手のひらを差し出す。
 リズリットははにかみながらお礼を告げると、有難くディオンの手のひらに自分の手のひらを重ねて馬車に乗り込むと、再度ディオンにお礼を告げて馬車が走り出した。

 リズリットが乗った馬車が、見えなくなるまでその場から見送り続けたディオンは、ほっとしたように溜息を吐き出した。

「──見守っていて、良かった……」

 ディオンは、自分の隣に音も無く姿を表した人型の精霊に視線を向けると「ありがとうな」と機嫌良さそうにお礼を告げた。
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