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一章

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 リズリットとディオンが馬車へと乗り込むと、既に馬車に乗っていた先客が、静かに寝息を立てていたが、主であるディオンの気配に反応しぱちりと瞳を開ける。

「リズリット嬢、紹介しよう。今日リズリット嬢を護衛する白龍の白麗だ」
「りゅ、龍の精霊ですか……! 初めて目にしました……白麗さん、今日は一日宜しくお願いしますね」

 ディオンに紹介された白麗は、ディオンの言葉に応えるように寝ていた姿勢からふわり、と体を浮かせてリズリットに近寄って来ると目の前で静止する。

 真っ黒で、くりりとした白麗のつぶらな瞳に見詰められてリズリットは表情を緩めると白麗に挨拶をする。
 リズリットの挨拶に反応するように白麗は尾を機嫌良さそうに揺らすとリズリットに向かって言葉を返した。

「ええ、こちらこそよろしくね」

 優しげな女性の声に、白麗の性別は雌、と形容すればいいのかどうかは分からないが、柔らかな声にリズリットは安心するように微笑むと、白麗がそのままふわり、と宙を飛び進みリズリットの肩へと乗る。

「わっ、わあ……! 全然重さが無いんですね、不思議です……!」

 精霊の祝福を得ていないリズリットは、この十七年間このように精霊と触れ合った経験は皆無だ。
 その為、ディオンと共に行動するようになってから精霊と触れ合う機会が増えた事にリズリットは感動のあまり些か興奮して笑顔でディオンに話し掛ける。

 嬉しそうに自分の精霊と触れ合うリズリットに、ディオンは優しげな眼差しで「ああ」と答えてから言葉を続ける。

「精霊は、自分の力でいかようにも存在を消せるからな。特に、白麗に至っては人間に認識させる体の大きさと、姿を透過させる術を持っている。だから、茶会の最中は体を透過させた白麗をリズリット嬢の護衛につければ、何も心配は無い」
「何から何まで、本当にありがとうございますディオン卿……」

 改めてお礼を告げて、馬車の中でぺこりと頭を下げるリズリットにディオンはまた笑顔で「どう致しまして」と答える。

 最上級精霊をリズリットの護衛に付けるなど、周囲は「やり過ぎではないか」と訝しげに表情を歪める者もいたが、大事なリズリットを守る為には本当ならば精霊三体でガッチリと護衛したいくらいだ。
 だが、銀狼は姿を透過させる術を持っていないし、鶺鴒は邸内を調べて貰う為にリズリットの側を離れなければならない。
 本当はディオン自身も茶会に参加してリズリットを側で守りたかったが、今回の茶会は女性だけの集まりの場であるため、ディオンは泣く泣く断念したのだ。

 だが、茶会の後にリズリットと散策デートの予定を入れたのでリズリットに何かあれば直ぐに駆けつけられる場所で待機しておく事が出来る。

(まあ……ロードチェンスの令嬢が茶会の席で何かを仕出かしたらそれも無くなってしまうが……)

 だからこそ、ディオンは何も起きて欲しくないような、何かが発見出来れば良いような、なんとも言えない複雑な気分で茶会の会場である子爵邸に向かった。



 ロードチェンス子爵邸まであと少し、と言う所で徐にディオンが何かを思い出したかのように「そうだった」と声を出してリズリットに視線を向ける。

「……、? 何かございましたか?」

 きょとん、とした表情でディオンに言葉を掛けるリズリットにディオンは大事な事を伝え忘れていた、と唇を開く。

「伝え忘れていたが、俺の事はディオンと呼んでくれ。"ディオン卿"などと距離がある呼び方をされていては本当に二人で街へ出掛けるか疑われてしまう可能性がある」
「──えっ」
「ロードチェンスの令嬢を刺激出来るだけ刺激したい。リズリット嬢と、俺が親密だと言うような態度で相手を刺激したいのだがいいだろうか」
「ディ、ディオン卿と……!?」

 さらり、と至極普通にそう言われてリズリットは思わず頬を染めてしまう。
 自分なんかと親密だ、と誤解されてしまっても良いのだろうか、とリズリットは心配するが、ディオンは仕事の為にそれが必要だと判断したのだろう。

 仕事に真面目なディオンの事だ。
 他意はないのだろう、とリズリットは考えると少しだけ恥ずかしがりながら唇を開いた。

「わ、分かりました……。えっと、ディオン様、とお呼びすれば良いですか……?」

 もじもじと恥ずかしそうに頬を染めて視線を逸らしながらディオンにそう言葉を掛けるリズリットに、ディオンは自分の顔を手のひらで覆うと上を仰いだ。

 ディオンには他意しかない。
 必要な事だから、と無理矢理それっぽく理由を付けて、他人行儀な呼び方をリズリットに辞めさせたディオンはリズリットの恥じらう可愛らしい姿に感動に打ち震えながら震える声で何とか「ああ」と返事を返した。

 ディオンが謎の感動に打ち震えているなどとは露知らず、リズリットは突然震え出したディオンにおろおろとしている間に、二人の乗った馬車が目的地へ到着したらしい。

がたり、と音を立てて止まった馬車にディオンはぱっと顔を覆っていた手のひらをどかして顔を上げると気持ちを切り替えて表情を引き締める。

「──リズリット嬢、着いたみたいだ。……行こうか」
「は、はい。ディオン、様」



ロードチェンス子爵邸のお茶会に招待された複数の令嬢達は、突然子爵邸の正門に止まったフィアーレン公爵家の家紋が入った馬車にざわり、とざわめいた。
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