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一章

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 そうして、あっという間に二日後。
 リズリットは昨日、ディオンから届いたデイドレスに、そのドレスに合わせた華美になり過ぎない品の良い装飾品を身にまとってお茶会に向かう為、邸の正面玄関まで向かっていた。

 リズリットの肩にはここ数日、慣れたように鶺鴒の精霊がちょこん、と止まっており、リズリットはその精霊に話し掛けるのが癖になってしまっていた。

「……こんなに素敵なドレス、本当に頂いてしまって良いのかしら……? 精霊さんも良いと思う……?」

 ドレスに、装飾品。
 果てにはドレスに合う靴まで揃えて贈られ、リズリットは「お茶会参加一式」が届いた時、あわあわと狼狽えた。
 少しだけヒールのあるショートブーツは、上部にディオンの髪色を思わすようなネイビーの柔らかなメッシュ素材が何重かに重ね合わされており、リズリットの白くほっそりとした足がそのメッシュから薄らと覗き、洒落ている。
 ブーツの紐には左右対称に小さな宝石があしらわれた鳥モチーフの装飾が付いており、外に出ると太陽の光に反射してキラリと煌めく。

 邸の庭先で催されるお茶会を考えて、衣服、果てには靴まで用意してくれたディオンに、リズリットは直接お礼を告げられる当日をそわそわと心待ちにしていた。
 お茶会の当日である今日は、ディオン自らロードチェンス子爵邸まで送ってくれるらしく、リズリットの邸まで迎えに来てくれる手筈となっている。

 リズリットが正面玄関に繋がる階段の上に姿を表すと、先に来ていたハウィンツが階段を降りてくるリズリットに気付き、階段下まで歩いて来た。

「ああ、リズリット……。凄く良く似合っているね。ディオンにもセンスがあったんだな」
「まあ……お兄様」

 感心したようにリズリットの姿を見詰めてそう言葉を零すハウィンツにリズリットはくすくすと笑い声を零すと、差し出してくれたハウィンツの手のひらに有難く自分の手のひらを乗せて、階段を降り切る。

「ディオン卿はとても素敵なドレスや靴を贈って下さいましたわ。きっと普段から流行に敏感なのだと思います」
「そうだな……。まるでリズリットの為に拵えたかのようにリズリットに似合うもんな?」

 リズリットの髪色や、瞳の色、肌の色に合わせて絶妙なバランスで彩色されたドレスや、リズリットの容姿を引き立たせるようにデザインされた装飾品。
 ハウィンツはパッと見ただけで、リズリットが身にまとっているそれらが既製品では無い事を察し、そっと視線を逸らした。

(いったい、いつから用意していたんだか……)

 ハウィンツは、我が友人ながら気持ち悪いな、と胸中でごちるとリズリットを伴い玄関の外へと向かう。

 絶対に居るとは思っていたが、玄関から外に出るとやはりディオンは既に迎えに来ており、腕を組み馬車の扉に背を預けていたが、リズリットがやって来た事に気付くとぱぁっと表情を輝かせてリズリットとハウィンツに声を掛けた。

「リズリット嬢、ハウィンツ」
「もう来てたのか、ディオン」
「お待たせしてしまい申し訳ございません、ディオン卿っ」
「いや、俺が早く着き過ぎてしまっただけだから気にしないでくれ」

 ハウィンツと共にやって来るリズリットの姿を見てディオンはふにゃり、と微笑みを浮かべた。
 自分が贈ったドレスや装飾品を身にまとったリズリットは妖精のように可愛らしく、可愛らしいが美しい。
 そして、その可愛らしさや美しさを最大限に引き出したのは自分が贈った物なのだ、と言う幸福感に包まれる。

 ロードチェンス子爵邸で行われるお茶会に、ハウィンツは表向きは着いて来ない。
 リズリットと馬車に同乗し、子爵邸まで送り届けるのはディオンで、リズリットとディオンはお茶会が終わったらその足で王都の貴族街に出掛ける、と言う体だ。

 ディオンは自分の容姿が優れている事を自覚していて、どうやらロードチェンス子爵家の令嬢、リリーナは自分に気があると言う事も理解している。
 リズリットと行動を共にしていれば、リリーナが動く可能性がある、と考えて子爵邸まで送りに行き、そしてお茶会が終わるのを馬車止めで待つつもりだ。

 きっと、馬車から降りるリズリットをエスコートするディオンの姿は、同じくお茶会に招待された他の令嬢達が目撃し、リリーナの耳に入るのも早いだろう。
 そしてリリーナを刺激し、お茶会の席でリズリットはこの後ディオンと出掛ける予定がある、と言う事をリズリット自身の口から語られたリリーナが行動を起こしてくれれば衆目の面前でリリーナを取り押さえる事が出来る。
 大勢の人の目がある場所で精霊の力を悪用し、リズリットを攻撃したら最早言い逃れなど出来る筈が無い。

 お茶会の最中、鶺鴒には邸内を探らせるので邸内からも何か見つかればいいのだが、とディオンが考えているとひょこり、とリズリットがディオンの名前を呼び顔を覗いて来る。

「──ディオン卿、? どうされましたか? もうそろそろ向かいません?」
「あ、ああっ、すまない。そうだな、行こうか」

 リズリットに声を掛けられてディオンははっとすると、ハウィンツからリズリットの手を受け取り、馬車へとエスコートする。

「……ディオン。俺は邸近くに待機しているから何かあれば連絡してくれ」
「──ああ、分かった。鶺鴒か、銀狼を向かわすよ」

 ディオンとハウィンツがそう言葉を交わし終えると、リズリットと共にディオンは馬車へと乗り込んだ。




 馬車の中では、今日のお茶会の最中リズリットを護衛する白麗──小さく姿を変えた小竜がすうすうと寝息を立てて、主であるディオンとリズリットを待っていた。
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