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一章
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しおりを挟むディオンの「陛下」と言う言葉に、リズリットは「え!」と声を上げると勢い良く下方を凝視する。
そこには、ゆったりとこちらに向かって来る金髪、碧眼の威厳があるがだが、柔らかな微笑みを浮かべた男性が困ったように眉を下げてリズリットとディオンを見上げている。
陛下を見下ろすなんて! と、リズリットがわたわたと慌て始めると、リズリットを抱き上げていたディオンがリズリットをぎゅう、と抱き締めて口を開く。
「──リズリット嬢、危ないから動かないようにな?」
「は、はへぃっ!」
ディオンは咎めるような言葉を口にしたが、リズリットの耳に届いたディオンの声は何処か甘さを孕んでおり、リズリットは思わず返事を返したが盛大に噛んでしまった。
リズリットの返事に、思わずディオンが声を出して笑ってしまった姿を、この国の国王──ウィリアムは面白い物を見た、とばかりに口端を持ち上げて二人が白麗の背から降りてくるのを待った。
ディオンがリズリットを抱えたまま地面へと降り立ち、ウィリアムはそのまま庭園にお茶の準備をするように使用人達に指示をする。
応接室に戻る時間も惜しいのだろう。
ウィリアムの指示に素早く対応した使用人達によって瞬く間にお茶会のセッティングがされて、リズリットとディオンはウィリアムに促されるまま美しい刺繍が施されたテーブルクロスが掛けられたテーブルに着いた。
ウィリアムも席に着くと、使用人達が素早くお茶と軽食やデザートをテーブルの上に無駄のない動きで用意し、ウィリアムが軽く手を上げると使用人達は素早くその場から下がった。
護衛の騎士達は近くに居るが、それでもある程度距離を取った場所に控えており、恐らくこのテーブルで話す内容はギリギリ聞こえない程度の距離を保っている。
あっさりと、だが流れるような仕草で人払いをしたウィリアムが、リズリットとディオンに視線を向けて「で?」と朗らかに声を掛けてくる。
「……白麗を使ってまで、急いでここに来たと言う事は、相当な理由がありそうだな、ディオン?」
瞳を伏せて口元に笑みを乗せたままカップを持ち上げ、そのまま流麗な仕草で自分の口元に持って行くウィリアムに、リズリットはハッとしてウィリアムに視線を移す。
突然の出来事に、リズリットは促されるままテーブルに着いてしまったが、陛下の御前だ。
まともに挨拶も出来ていない、と今更ながら気付いたリズリットは顔色を真っ青にさせてあたふたとしてしまう。
リズリットの思考が戻って来た事に気付いたウィリアムは、笑みを深めるとリズリットに向けて唇を開いた。
「──リズリット・マーブヒル嬢。非公式の場だ。堅苦しい挨拶はいらぬ」
「と、とんでもございません……! ご挨拶が遅れてしまい、大変申し訳ございません、リズリット・マーブヒルです。本日はお会い頂きありがとうございます」
リズリットはウィリアムの言葉に慌てて席を立つと、堅苦しい挨拶は要らない、と言ったウィリアムの言葉に従い、正式な挨拶ではなく少しだけ簡略化した挨拶の言葉を口にするとカーテシーを行う。
「ふふ……っ、真面目で素直なお嬢さんだ。気にしないでかけたまえ」
「あ、ありがとうございます……。失礼致します」
リズリットが再度座り直し、落ち着いた事を確認したディオンは、先程のウィリアムの言葉に返事を返した。
「そうですね、陛下……。ロードチェンス子爵家の件を差し置いてでもお伝えしなければならない事がありまして、こうして緊急的に参りました」
「──ふむ、? ロードチェンスの件を差し置いてでも……? あの件も、精霊が関わる重要な事柄ではあるが……?」
「はい。それよりも、です。先程白麗から遠回しにではありますが、こちらのリズリット・マーブヒル嬢から精霊王の気配を感じる、と説明を受けました」
──ごきゅっ、
と、ディオンの言葉を聞くなりウィリアムの方向からおかしな音が聞こえて来て、次いでウィリアムが大きく咳き込んだ。
護衛騎士達は何事だ、とざわめきウィリアムの方へと体を向けたがウィリアムは咳き込みながら自分の手を騎士達へ軽く上げて制すと、気管にでもお茶が入ってしまったのだろう。
薄らとその美しい碧い瞳に涙の膜を張りながらディオンの言葉に「は?」と何とか言葉を返した。
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