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二章

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 この世界には、精霊と言う存在がいる。
 国に住むほぼ全ての国民に、精霊の祝福が与えられ、精霊の祝福を受けた人間は精霊と契約を結んだ事になり、精霊の力を通じ魔法と言う物を使用する事が出来る。

 精霊には、下級・中級・上級・最上級の種類がおり、最上級精霊の祝福を得る事が出来ているのは国内でも片手で数えられる程度である。
 最上級精霊の祝福を得た人間一人で国を滅ぼす程の力を有している為、その人間の奪い合いが即ち国の命運を握っている。



 そうして、この国──ルクブルア王国では、最上級精霊、三体から祝福を得ている規格外な人間が居る。

「──ディオン! ディオン・フィアーレン……っ!」

 この国の王、ウィリアム・シオ・ルクブルアは執務室から遠く離れた王城の廊下を足早に歩いていた。
 国王、ウィリアムの後ろからはバタバタと慌てたようにウィリアムの近衛騎士達が着いて来ている。

 ウィリアムは「あー! もう!」と声を荒らげると頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。

「あいつはまたリズリット嬢をストーカーしに行ったのか……!?」

 呆れたようにそう告げるウィリアムは、最早日常茶飯事となってしまっているディオンのストーカー行為に「またか」と声を上げると天井を仰ぐ。

 勤務態度は極めて真面目。
 冷静沈着で、三体もの最上級精霊の祝福を受けるディオン・フィアーレンは、容姿端麗でありながら、女性に興味が無く近付いて来る令嬢達を冷たくあしらうような人間だった。
 その事から、ついた渾名は「氷の騎士」で。
 にこりとも笑わず、冷たい態度を崩す事の無かったディオンを恋に狂わせた人物が、リズリット・マーブヒルだ。

 リズリットは伯爵家の令嬢で、この国の貴族の中でほぼ唯一精霊の祝福を得ていない。
 その為、他の家の者達から嘲笑われ、馬鹿にされ、侮られて来た。
 兄と姉は容姿端麗で、中級精霊の祝福を得ているのに末娘のリズリットはくすんだ灰色の髪色に、ぼやっとした深碧色の瞳をしている。
 ウィリアムはリズリットの容姿が劣っているとは思わず、可愛らしい顔をしているとは思うのだが、周囲から見ればマーブヒル伯爵家の中ではリズリットだけが唯一パッとしない印象を持つ。
 それは偏に両親と兄、姉が派手な容姿をしているせいだとは思うのだが、差が激しい為リズリットは「出涸らし令嬢」と罵られ続けて来た。

 そんなリズリットと、ある日夜会で顔を合わせたディオンはリズリットに一目惚れをしたのだ。
 今まで数多の令嬢から言い寄られた経験はあれど、自分から近付く事は無かったディオンは、リズリットへの接し方を間違った。

 リズリットを守りたいあまりにリズリットに付き纏い、遠くから見守りストーカー行為に耽り、リズリットの行動を全て把握した。
 最上級精霊の力を、まさかストーカー行為に使用するとは、と呆れたウィリアムであったが精霊達がそれを面白がり、協力しているのであれば何も言えない。

 ウィリアムは、ディオンの遅い初恋の餌食になってしまったリズリットを思い、心の中で鼓舞した。





◇◆◇

「……リズリット」
「はい……。はい……。"また"いらっしゃいますよね……」

 今日は王家主催の夜会。
 リズリットとハウィンツはいつもと変わらず夜会の会場にやって来ているのだが、背後からひしひしと伝わって来る熱い視線にリズリットはついつい苦笑してしまう。

 二人のはるか後方。
 会場警備の一員として、何故か王立騎士団の団長、ディオン・フィアーレンその人がリズリットにじぃっと熱い視線を向けている。

「──もう……っ。今週は普通に姿を見せて頂けると思っていたのに……」
「あー……うん、そうだな……」

 ここ最近、ディオンは騎士団の仕事が忙しかったらしくリズリットの見守り行為が出来ていなかった。
 その為、最早禁断症状とでも言うのだろうか。
 リズリットの無事を遠くから見守る、と言う行為を出来なかったディオンに限界が訪れ、マーブヒル伯爵家が参加する夜会にこうして夜会の警備の一員として無理矢理参加して遠くからリズリットを見詰めて、いや、見守っている。

「──お仕事がお忙しくて、今日の夜会にご一緒出来ないと聞いていたのですが……」
「どうにか無理矢理時間を作ってストー……見守り行為にありついたみたいだな?」

 ハウィンツは、ディオンが居る方向をちらりと見やり、呆れたように溜息を吐き出す。



 リズリットと、ディオン二人の仲は国内では最早公認の仲となっている。
 「恋に狂った氷の騎士」と、面白可笑しく噂にされているが、ディオンは全く気にする事は無く変わらずリズリットと逢瀬を続けている。

 リズリットには「出涸らしのくせに」と令嬢達の嫉妬や恨みの籠った視線や陰口を言われる事が増えたが、直接リズリットに表立って行動する者は居なく、比較的平和にリズリットは毎日を過ごしていた。

「ディオン様は……本当にストーカー行為さえ無ければいいのですけど……」
「それは、まあ……しょうがない……。ディオンの存在意義だと言われてしまえばなぁ……」

 リズリットと、リズリットの兄ハウィンツは深い溜息を吐き出しディオンからの視線を感じながら煌びやかな夜会会場へと視線を戻したのだった。
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