強請り屋 悪魔の羽根顛末

柚緒駆

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人間コピー機

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 マニアの語源はギリシャ語で『狂気』を意味するメイニアだという。

 世の中には様々なマニアがいる。アニメや鉄道やアイドル、そういったメジャーなジャンルのものはその存在を広く知られてはいるが――メジャーなマニアという言葉のおかしさはともかく――マニアとは本来少数派だ。何せ狂気なのだから。一般常識からかけ離れてこそのマニアである。だがそれ故に、彼らは普段姿を見せない。社会の隅に身を置き、目立たぬように暮らしている。つまり世の人々にほとんど存在を知られていないマニアも多々あるのだ。その一例が『住所マニア』だろう。

 地図には一般的な国土地理院が出しているようなタイプもあれば、道路や鉄道を中心に描かれた地図もある。だが住所マニアが特に愛好するのは『住宅地図』だ。個人住宅の世帯名、所番地などが書かれた、普通は役所や企業などが購入する特製の地図である。住所マニアは、これを自分が使いやすいようにカスタマイズする。

 さらに住所マニアは住宅地図の内容を暗記する。だが、単に「記憶」するだけでは終わらない。彼らはそれを「理解」する。すなわち、テレビで一瞬映る町並み、雑誌の写真に切り取られたたマンションの入り口、SNSに上げられた部屋の写真の窓に見える景色など、極めて断片的な情報から正確な住所を割り出すことが出来るのだ。

 もちろんそうは言っても、一人で日本中の住所をすべてカバーできる住所マニアはいない。いないはずだ、さすがに。基本的に彼らがその能力を発揮できるのは、自分の行動範囲に限られている。ただ、その行動範囲が、一般常識からかけ離れた広さではあるのだが。

 去年海崎志保が『闇のシンデレラ』と書き立てられバッシングを受けたとき、肥田久子がインタビューを受けたことがある。それは自宅前だった。

 とは言え、当時の俺はそんな映像を見たことはない。それを見せてくれたのは、猿渡という『ワイドショーマニア』である。彼は民放キー局のすべてのワイドショーを光学ディスクに録画してあるそうだ。部屋の本棚には雑誌も漫画の単行本も置かれず、ビッシリと光学ディスクで埋まっている。

 肥田久子が映ったディスクをコピーしてもらい、俺とジローは住所マニアの四道兼持の家にやって来た。呼び鈴を押すと、四道はすぐに玄関に現われ、何も言わずに二階へと案内する。そして部屋に入ると無造作にPCの光学ドライブを開き、渡されたたディスクを放り込んだ。

 画面にはすぐ肥田久子が映った。ソフトの起動が速い。おそらくうちの事務所のPCとは性能の次元が違う。やはり道楽に金をつぎ込めるヤツにはかなわない。

 まあそれはともかく、映像には肥田久子のシーン以外、余計な部分が入っていなかった。どうやら猿渡がワイドショー全編の中から、彼女の映ったシーンだけを編集して抜き出してくれたらしい。

「こりゃあいいや」四道は喜んでいる。「これどんな人が作ったの」

 俺は名前は出さずに「知り合いにワイドショーマニアがいてね」とだけ答えた。四道は笑った。

「変な趣味の人がいるんだよなあ、世の中には」

 おまえの趣味も大概だぞ、と思ったが、さすがに口には出さない。

「で、わかりそうか」
「うん、もうわかった」

 そう言うと四道は本棚から一冊の住宅地図を取り出して付箋だらけのページを開き、その端っこを自信満々に指をさした。

「ここ。向こうに見えるマンションの形と、すぐ後ろの電柱の角度と、歩道のない路地。だからここしか絶対にない」

 確かにそこには『肥田』の文字が見える。これか。胸のポケットから四道に万札を二枚渡し、急いでその住所を手帳にメモした。

「随分アナログなんだな」
「うるせえ」

 こうして俺は最初の取っかかり、肥田久子の家を突き止めたのだった。


 郊外の建売住宅のような貧相さこそなかったが、肥田久子の家はこの近辺では決して大きい方ではない。家を取り囲む白い塀は漆喰土塀ではなくコンクリートで、出入り口の左にガレージがある。門はない。大富豪の別れた元妻の邸宅、と言うには随分と侘しい住まいだった。

 インターホンを押してみたものの反応はない。俺はクラウンを少し離れた路肩に停めて待った。それから三時間ほど経ったろうか、引き戸が静かに開き、中から婆さんが出て来た。ワイドショーの映像で見たのと服装は違うが、おそらく肥田久子本人だ。居留守使ってやがったな。

 買い物カゴを下げて早足でクラウンの横を通り過ぎようとした、その前をふさぐようにドアを開ける。

「肥田久子さんですね」

 老婆は全身で警戒した。顔がこわばっている。

「何よアナタ、何処の新聞社。警察呼ぶわよ」

 低い声で噛みつかんばかりに唸る。それを俺は笑顔でかわした。

「残念ですが新聞社じゃありません」
「じゃあテレビ局ね」

「テレビ局でも雑誌社でもないです」

 どうやら随分とマスコミにトラウマがあるらしい。しばらく俺をにらみつけた後、久子は苛立ちを見せた。

「アナタ、いったい何なの」

 俺は胸ポケットから角の部分が少しヨレヨレになった名刺を取り出し、差し出した。こわごわ受け取った肥田久子は、老眼なのか少し離しながら声に出して読む。

「……五味……総合興信所?」
「はい、所長の五味民雄と申します」

 久子の顔が少し明るくなったような気がした。

「興信所ってことは、何か調べてるのね」
「単刀直入に伺います。海崎志保さんについてお聞かせ願えますか」

 待っていた。ずっと待っていた。久子の表情の変化は俺にそう訴えかけていた。


 客間には茶色い革――たぶん合皮だろう――のソファが、コーヒーテーブルをはさんで向かい合っている。敷かれているカーペットは、まるで何処かの事務所のフロアであるかのように薄っぺらい。

 離婚するときに持って来たのだろうか、高そうな書棚が一組置いてあるが、雑誌しか入っていなかった。その書棚の中段に、写真立てが一つ。肥田久子と若い男が笑顔で並んでいる。この男、資料で見たな。確か海崎志保の夫、藤松秀和だ。

 立って部屋の中を見ていると、ドアがノックされ、カップ三つとティーポットを乗せたトレイを手に久子が入って来た。そしてソファに目をやりギョッとする。

 ソファにはジローが座っていた。虚空を見つめ膝を抱えて、ピクリとも動かずに。

「ああ、失礼。うちの助手はちょっと変わってましてね、紅茶は飲まないんです」
「そうですか、助手……」

 俺の言葉に納得が行かないのか、久子はしばしジローを見つめると、おもむろに皿に乗ったカップを前に置いた。皿には角砂糖が乗り、カップの中にはレモンが入っている。三人分のカップを置き、ティーポットの紅茶を注いだ。その間、ずっと視線はジローに向いている。しかしジローに反応はない。相変わらず人形のようにただ座っていた。

「藤松秀和さんとは」俺の言葉に久子は驚いたように顔を上げた。「親しかったのですか、と聞くのはおかしいですよね。お孫さんですもんね」

 懐かしむような、それでいて悲しむような複雑な顔を見せながら、久子はソファの背もたれに身を任せた。

「秀和ちゃんはお祖母ちゃん子だったの。いつも私の後をついて回って。離婚してからも毎月一度は遊びに来てくれたわ。本当に優しくて、純真で、素直で、とってもいい子……あんなにいい子が、何であんなことに……何であんな女と」

 言葉の後半は絞り出すような聞きづらい声になった。そして両手で顔を覆い、泣き出す。俺はソファに座り、紅茶を一口飲んでメモとボールペンを取り出した。

「随分アナログなのね」
「ええ、まあ使い慣れているもので」

 放っとけよ、と内心思ったが、気を取り直して質問した。

「秀和さんが亡くなった事故に、海崎志保さんが関係していると思いますか」
「してるわ。きっとしてる」

 それは即答だった。顔から手を離し、涙を溜めた目でにらみつけるように俺を見ている。

「失礼ですが、そこまでおっしゃる根拠は何です。事故のことは警察はもちろん、大帝邦製薬の事故調査委員会も調べています。しかし海崎志保さんとの関連は指摘されていません」
「そんなの当てになるものですか! どうせいい加減な調査しかしてないに決まってる。みんなあの女の味方なのよ。お金をつかまされてるんだわ」

「ですが、実際には事故の後、志保さんは大帝邦グループから追われるように海崎家に戻っています。大帝邦側が手心を加えたとは考えにくい。まして警察が」
「もし仮に、ちゃんとした調査をしていたとしても、何か見落としがあるのよ。きっとそう。じゃなきゃおかしいもの。あの女は性根が腐っているわ。何もしていないはずがない」

 久子は執拗だった。その様子は俺には偏執的に見えた。その考えが顔に出ていたのかも知れない。突然彼女の口から笑い声が飛び出した。

「どうせアナタも、私があの女に金を恵んでもらいに行ったと思ってるんでしょう。それを断られたから悪口を言って回っているのだと。ええ、ええ、何度も聞いたわ。新聞もテレビも嘘ばっかり! 私はね、私はビジネスの話をしたかったの。秀和ちゃんは立派な研究者になって、いずれは立派な経営者になるはずだったの。そのお嫁さんなんだから、秀和ちゃんの遺志を継いで欲しかった。そのための協力がしたかった。なのに、なのにあの女! 笑ったのよ! 秀和ちゃんの写真が見ている前で、会社になんか興味がないって笑ったの! 許せない!」

 泣き叫ぶ久子の声を聞きながら、俺はうんざりしていた。このヤマはハズレかも知れない。だが一応は聞いておいた方がいいだろう。

「ちなみに、差し支えなければで構いませんが、何のビジネスの話をされたのですか」
「検査薬です」

 急に静かな口調で即答したので、俺は何かを見透かされたのかと一瞬肝を冷やした。

「検査薬……ですか。しかし大帝邦は」
「大帝邦は市販薬と処方薬で大きなシェアを持っています。しかし個人開業医の診療所で使うような検査薬、検査キットなどは取り扱っていないの。それは大帝邦のアキレス腱とも言えたわ。そこを補うビジネスが必要だったのよ」

「はあ、しかし」

 どんな業界にだって棲み分けはあるだろう。何十年も昔ならともかく、現代の企業において、ありとあらゆる製品をフルラインナップで作るメーカーなんてまずない。同じ企業グループではあっても、たとえば発電所を造る会社と冷蔵庫を作る会社は別だ。ダンプカーと軽自動車は同じ会社では作らない。それにどこかの婆さんに焚きつけられたからといって、明日から始めます、てな具合には行かんはずだ、ビジネスなんてのは。

 俺がそう思っていると、久子は急に胸を張り、そして自信に満ちた声でこう言った。

「私はね、海蜃館大学の大学病院に三十年いたの」
「おや、医者だったんですか」

 それは初耳だ。意味のある情報かどうかは知らないが。

「たくさんの医療関係者と共に仕事をしてきましたし、指導教官の立場で何十人という医学生を鍛え上げてきました。私が頼めば、新開発の検査薬を採用してくれる病院や診療所はいくつもあるでしょう」

 あるでしょう、って言われてもな。それは単なる希望的観測なんじゃないだろうか、とは思ったが、口には出さない。まあ一応聞くだけは聞いておこう。

「具体的な名前は挙げられますか。つまりアナタが信頼している先生や病院というか」

 すると久子は立ち上がり、壁際の電話の前に行った。電話の横にはメモ帳とボールペンがある。そこに何か書き綴って、ソファに戻って来た。持って来たメモ用紙をコーヒーテーブルの上に載せる。メモは二枚だ。

「こちらが、私がモニターに推薦するつもりだった診療所と先生です。そしてこれが」もう一枚のメモを指さす。「あの女の自宅の住所と電話番号、あとあの女の家で働いていた家政婦の連絡先です」

 なるほど、多少イカレてはいるが、馬鹿ではない。こっちの欲しい情報をちゃんと理解してやがる。俺は強烈なタバコへの欲求を我慢した。ここで頭を一ひねりさせたいところなのだが、まあクラウンに戻ってからだ。とりあえず、いま得られる情報としては、この二枚のメモが最大のものだろう。言い換えれば、他にもう用はない。

「ありがとうございます。これで何とか調査を続けられそうです」

 軽く頭を下げ、二枚のメモを胸ポケットに入れた。

「ひとつ聞いていいかしら」

 久子は落ち着いた顔で俺にたずねる。

「何でしょう」
「この調査は、誰の依頼なの」

「申し訳ありませんが、それは言えません。守秘義務がありますので」

 もちろん依頼者などいない。自分の飯の種にするための調査だ。

「そう」

 久子は残念そうにつぶやいた。自分の味方になってくれるかも知れない者の名を知りたかったのだろう。

「では、今日のところはこれで失礼します。何かありましたら、また」

 俺はソファから立ち上がり、ジローに顔を向けた。

「ジロー、もういい。事務所に帰るぞ」

 しかしジローは膝を抱え、人形のように座ったままだ。その様子に少しイラッとする。

「立って歩けってことだよ」

 ジローはやっと理解したのか、ゆっくりと立ち上がり、ドアに向かった。その背中に、久子の声がかかる。

「……その子、自閉症じゃないの」

 ジローを見つめていた目が、こちらに向く。俺は作り笑顔で首をかしげた。

「さあ。もしかしたら、そうかも知れませんね」
「どういうこと。病院に連れて行っていないの」

 咎めるような視線。しかしこれにはもう慣れた。

「ええ、その必要はないので。こいつは優秀な助手なんでね」

 そう言い残して、俺たちは肥田邸の客間を後にした。


 信号待ち。日本の道路の信号は、すべて九十秒以内に変わるらしい。ホントかね。右折信号が長い場所とか五叉路の交差点とかでもそうなんだろうか。

 そんなことを思いながらクラウンの左右の窓を開けると、もうもうと煙が外に出て行く。助手席のジローは煙そうな顔ひとつせず、ただ両膝を抱えて正面を見つめている。俺は胸のポケットから二枚のメモを取り出し、さっと目を通した。肥田久子の知り合いの医者、そして海崎志保本人。さて、どっちから取りかかる。

 気持ち的には直接本人にぶつかってみたいところだ。それで何か出れば、わざわざ面倒な手間をかけることもない。だがもし本当に海崎志保に後ろ暗い部分があった場合、警察の捜査を一度退けているという事実を忘れてはいけない。どう考えても一筋縄には行かないだろう。外堀を埋めておかなければ、かえって面倒なことになりかねない。

「医者が先ってことか……」

 そのとき、後ろからクラクションが鳴った。前を見ると信号が青に変わっている。ひとつ舌打ちをしてアクセルを踏んだ。銀色のクラウンは静かに加速する。対向車のヘッドライトが目に入った。気付けば日は落ちかけ、周囲は暗くなっている。危ない危ない。思考に意識を向けすぎだ。メモを胸ポケットに戻し、ヘッドライトをオンにした。


 事務所に戻ると、早速PCを立ち上げ、メモに書かれてあった医者を検索した。診療所の名が五つ。うち公式サイトを持っているのは四つ。内科が二つに外科が一つ、精神科が二つ。初診のみ飛び込みOKが一つに予約の必要なしが四つ。完全予約制のところがないのは助かった。あれは俺には厄介だからだ。

 まあとにかく、この時間から動いても意味がない。もう何処も診察時間は終わっている。幸い明日が休診日のところはないようだし、朝から走り回ることにしよう。つまり今夜やっておくべきことは『復習』だ。

 事務机から離れてソファに向かう。そこにはジローがいつも通り膝を抱えて座っていた。その正面に座り、ジローを見つめる。反応はない。ジローの目の焦点は、俺を通り過ぎ壁の向こうで結ばれている。いまここで猫だましのように手を叩いてみても、まばたき一つしないだろう。だが、耳は間違いなく聞こえている。

「ジロー『復習』だ。さっきの婆さん、肥田久子を出せ」

 すると、ジローは膝を抱えていた腕を開き、足を床についた。そして一旦立ち上がると、やや中腰の、いわゆる腰が引けた立ち方になった。目の焦点は俺の頭の上辺りで結んでいる。その目が、怯えた。

「何よアナタ、何処の新聞社。警察呼ぶわよ」

 その声のトーン、震える視線、半歩下がった右足に乗った重心。いざとなったら走って逃げようという身体の姿勢も、買い物カゴを下げた腕の角度と弱く握った手の指も、紛れもなく、あのときの肥田久子そのものだった。

「じゃあテレビ局ね」
「アナタ、いったい何なの」

 吐き出す言葉は一言一句間違いなく、また表情筋の動かし方から眼球の動きに至る些細なところまで、完璧なまでに肥田久子の姿をトレースしている。これがジローの特技、あるいは能力、もしくは才能と言ってもいいのかも知れない。とにかく俺が『人間コピー機』と呼んでいるこれこそが、ジローをここで飼っている理由だった。

 何故ジローにこんなことができるのか、その理屈は知らない。やれ自閉症だサヴァン症候群だと言う奴もいたが、病名になど興味はない。ジローは役に立つ。それだけの話だ。

 ジローはソファに座った。背を伸ばし、手は膝の上に。そうそう、こんな座り方だった。

「秀和ちゃんはお祖母ちゃん子だったの。いつも私の後をついて回って。離婚してからも毎月一度は遊びに来てくれたわ。本当に優しくて、純真で、素直で、とってもいい子……あんなにいい子が、何であんなことに……何であんな女と」

 引っかかる点がないか、慎重に探す。言葉だけではない。指の動作、視線の動き、本人が前にいる状態ではじっくり見ることができない、様々な部分に目をこらす。

「なのにあの女! 笑ったのよ! 秀和ちゃんの写真が見ている前で、会社になんか興味がないって笑ったの! 許せない!」
「ちょっと止めろ」

 ジローは止まった。ストップモーションのようにピクリとも動かない。俺はタバコを思い切り吸い込んで、煙を吐き出した。

「写真てのは肥田久子の家にあったあの写真のことか、それとも藤松で葬式出したときの写真か。確認しときゃ良かったな。まあ、調べて行きゃわかるか。よし、続けろ」

 ジローは再び動き出す。

「検査薬です」

 そのままジローに肥田久子のコピーを出させ続けながら、思考に集中した。特に引っかかるところはない。やはりあの二枚のメモ以上の情報はここにはないか。

 俺は立ち上がり、キッチンに向かった。冷蔵庫の上のレトルトカレーを取り、冷蔵庫の中からパック飯を出す。ラーメン用の丼にパック飯を開け、カレーをかけ、電子レンジに放り込んで三分回す。

 さて明日は医者を回るとして、話をどう切り出すか。「肥田久子さんをご存じですか」悪くはないが、あの婆さんのことを聞いても仕方ない。やはり「海崎志保さんをご存じですか」かな。いやいや待て。これじゃ知らないって言われたら終わりだ。しかし研究所の事故の原因は知ってる方がおかしいだろうし、どうする、まずは大帝邦製薬と取引があるかどうか聞いてみるとするか。

 ピーッという甲高い電子音。熱くなった丼をレンジから取り出し、中にスプーンを放り込んで、ソファまで持って行った。ジローはずっと肥田久子を出し続けている。

「私が頼めば、新開発の検査薬を採用してくれる病院や診療所はいくつもあるでしょう」

 だといいがな、そう思いながらテーブルに丼を置いた。

「ジローもういい、やめろ。今日はこれを食って寝るんだ」

 するとジローは弾かれたように丼に覆い被さり、スプーンを鷲づかみにすると、カレーをむさぼり食った。

「言っとくが、寝ろってのは自分のベッドで寝ろって意味だからな。ここで寝るんじゃねえぞ」

 返事はないが、いつものことだ。俺はまた思い切りタバコを吸い込んだ。アイデアってのは、なかなか浮かばないもんだな。
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