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幕間劇 その三
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雀荘を出たのはもう九時を過ぎた頃。調子は悪くなかったのだが、結局負けた。しばらく銭湯はお預けだ。大学の方向からは、何やら騒がしげな雰囲気が伝わって来たものの、芦則佐太郎はそれに背を向けてアパートに向かった。懐が寒いと夜風も染みる。
アパートは静まりかえっていた。近所の家からテレビの音が聞こえてくる。野球は延長戦に入っているようだ。芦則は忍び足で階段を上り、二階の真っ暗な自分の部屋のドアを開けた。鍵はかけていない。盗まれる物など何もないのだから。
だが入り口近くの白熱電球を点けたとき、芦則は叫び声を上げそうになった。部屋の中に人影があったからだ。
部屋の奥から明かりの中に姿を現したのは、肥田久子。
「何だ、脅かすなよチャコ。いったいどうしたん……」
しかしその様子に芦則は絶句した。腫れ上がった顔。破れた服。暴力の痕跡。その瞬間、脳裏に閃光のごとく、その男の名前が浮かんだ。海崎惣五郎。
「チャコ、まさか」
「アタシは、負けない」
それは血を吐くような声。
「アタシは、絶対にあんなヤツに負けない。大学をやめたりしない」
そして一筋、涙を落とした。
「あんたににだけ、言っときたかった」
肥田久子は逃げ去るように部屋から出て行った。芦則はそれを黙って見送った。引き留める言葉を持っていなかったのだ。
肥田久子は二度と雀荘には来なかった。講義や実習で顔を合わせることはあったが、もう仲間の誰とも口を利かず、やがて大学を卒業した後は大学病院に職を求め、残りの人生の大半を海蜃館大学内で費やしたのだった。
アパートは静まりかえっていた。近所の家からテレビの音が聞こえてくる。野球は延長戦に入っているようだ。芦則は忍び足で階段を上り、二階の真っ暗な自分の部屋のドアを開けた。鍵はかけていない。盗まれる物など何もないのだから。
だが入り口近くの白熱電球を点けたとき、芦則は叫び声を上げそうになった。部屋の中に人影があったからだ。
部屋の奥から明かりの中に姿を現したのは、肥田久子。
「何だ、脅かすなよチャコ。いったいどうしたん……」
しかしその様子に芦則は絶句した。腫れ上がった顔。破れた服。暴力の痕跡。その瞬間、脳裏に閃光のごとく、その男の名前が浮かんだ。海崎惣五郎。
「チャコ、まさか」
「アタシは、負けない」
それは血を吐くような声。
「アタシは、絶対にあんなヤツに負けない。大学をやめたりしない」
そして一筋、涙を落とした。
「あんたににだけ、言っときたかった」
肥田久子は逃げ去るように部屋から出て行った。芦則はそれを黙って見送った。引き留める言葉を持っていなかったのだ。
肥田久子は二度と雀荘には来なかった。講義や実習で顔を合わせることはあったが、もう仲間の誰とも口を利かず、やがて大学を卒業した後は大学病院に職を求め、残りの人生の大半を海蜃館大学内で費やしたのだった。
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