君の願う世界のために

浅海 景

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第1章

緊急招集

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数日経ったころ、エルザに避けられていることにラウルはようやく気付いた。合同演習で目が合ったのに不自然に逸らされてしまったのだ。

嫌われていると思ったことは何度もあったが、エルザ本人から否定された後でそう感じたのは初めてで、胸に差すような痛みが走った。
怪我をしたわけでもないのに内側から生じた痛みに驚いたが、すぐに収まり他に異常がないためひとまず放置することにした。
重篤な病気であれば、もっと他に症状が出るはずだ。

演習は可もなく不可もなくの成績だったが、ギルバートは不満そうな顔をしている。未だに全身の筋肉や骨が痛みを訴えているのだから、上出来だとは思うが戦場なら微妙なところなのだろう。

反対にエルザは最も多くの兵士を仕留めたらしく、注目を浴びていた。凛とした態度でいつも以上に周りを寄せ付けないような雰囲気があり、静かな表情は冷静そのものだが、何故か痛々しく見える。

エルザと話が出来たのはそれから三日後、彼女が上官室から出てきたところで遭遇して声を掛けた。一瞬顔を顰めたものの、そのまま立ち去ったりはしなかった。

「どうして避けているの?」
「……別に、色々忙しかっただけよ。元々そんなに話す間柄でもないでしょう」

彼女と親しくなれていた気がしたのは自分だけだったようだ。

「そうなんだ。もし君が嫌なら僕はもう森へ行くつもりはない」

彼女の祈りを邪魔するつもりはない、そう伝えようとしたがエルザは遮るように言葉を発した。

「もう森へは行かないわ。自己満足の行為は時間の無駄だと気づいたの。話はそれだけ?」

一刻も早くこの場から立ち去りたいというように、エルザは会話を終わらせようとする。彼女が出てきたのはギルバートの部屋からだったことが気に掛かり、質問を続けた。

「エーデル上官から何か言われた?」
「戦い方の助言をもらっただけよ。――もう、私に関わらないで」

そう言うとエルザは足早に部屋から出て行った。
関わらなければエルザについて悩む必要もない。彼女自身が望んだことを無視したくないし、ちょうど良かったのだろう

そう思おうとしたが駄目だった。胸の痛みが増し、彼女の言葉が何度も頭の中で繰り返される。明確な拒絶に締め付けられるような感覚を覚えて、ラウルは初めて悲しいという感情を理解した。


自分の言動で嫌な思いをさせたのならせめて謝りたいと思った。だけど関わるなと言われた以上軽はずみ行動は取れない。

(……僕にとってエルザは特別な存在だったけど、エルザにとってはそうじゃない)

大切な仲間だと言ってくれたが、他のみんなと同じというだけで特別ではない。エルザと会う前の状態に戻っただけだ。
そう納得していつも通りに過ごしていた。何も変わらないと思っていたけれど、それはラウルだけだったらしい。

「あいつと上手くいってねぇのか?」

リッツが言うあいつとはエルザのことだとすぐに察した。

「いや、元通りになっただけだ」
「はぁ?喧嘩したのか?最近何かぼさっとしてんのはそのせいか」

リッツは目を眇めて怒ったような表情を浮かべているが、ラウルはその内容に首を傾げた。

「ぼんやりしてる?誰が?」
「お前だ、馬鹿」

口調が乱暴になりつつある。会話が成り立たず苛々している時の兆候だ。自覚がなかったが、他人からそう見られていることに内心驚いた。

「分かった。気を付ける」
「とりあえずひたすら謝っとけ。そしたら何とかなるだろ」

謝るのは有効かもしれないが、関わること自体を拒絶されている。迷惑を掛けたくない場合はどうしたら良いのだろう。そんなことを考えていた矢先に招集がかかった。

訓練場に全部隊が集められることは滅多にない。緊急招集にどことなく落ち着かない雰囲気が全体に広がっているが、上官長が入ってくるとざわめきがぴたりと止まった。
それから、前置きもなく上官長は次の戦いに特殊ルールが採用されたことについて説明を始めた。

午前中から夕方にかけて時間を区切って行われるが、今回に限り昼夜問わずに戦うこと、三日間ではなく二日間、連続で行うこと。
いつもの半分以下だが休みなく戦場にいることの精神的負荷は相当なものになる。

「それに伴い、今回の戦いは部混合のものとする。名前を呼ばれた者はこの場に残れ」

呼ばれた十人の中には自分以外にリッツ、そしてエルザの名もあった。

「五日後の戦いに備え演習や訓練はこのメンバーと合同で行うことになる。また作戦についてはエーデル上官に従うこと。――以上だ」

上官長や他のメンバーが退出すると、ギルバートはやる気のなさそうな表情のまま告げた。

「実戦と同じ状況で演習するのが一番手っ取り早い。終了の合図を出すまで射撃場にて訓練、その後演習だ。――ちなみに演習でやられた奴は特別訓練コースだ」

その言葉に隣にいるリッツを見ると同じように彼もこちらを見ていて、同じことを考えているのが分かった。あれは二度と経験したくない。

気合が入るのは当然のことだった。
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