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第1章

思いがけない障害がありました

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(はあっ、緊張した……)

グレイスの父親、つまりフィラルド国王との謁見を終えた佑那は精神的な疲労感から重い溜息を吐いた。グレイスに似て穏やかで威圧的なところもなく、気さくに接してくれたのだが、如何せん国のトップである。
失礼がないようにすることで精一杯で、流暢で気の利いた会話などできず、グレイスやウィルが間に入ってくれたことで何とか事なきを得た状態だ。

(やっぱり、私なんかが救世主だなんてあり得ないよね)

昨日ウィルから聞いた国の状況を考えれば、国王もさぞかし落胆しただろう。せっかく現れた人物は救世主とは言い難く、魔物対策にも役に立ちそうにはない小娘なのだ。国王やグレイスがそういう態度を出したわけではないが、親切にされればされるほどそういう風に考えてしまうのを止められない。

「ユナ様、お部屋に戻られますか?もしよければ城内をご案内しますが」

その声に顔を上げれば、ウィルはどこか気遣うような眼差しを向けている。ウィルは生真面目な態度を崩さないものの、その雰囲気は初対面の時に比べてかなり柔らかくなっていた。ただのクッキーで飛び上がるほど喜ぶ姿に、害意はないと納得したらしい。
それならば恥をかいた甲斐もあったというものだ。

「あ、じゃあ……もしご迷惑じゃなければ、図書館に行ってもいいですか?」

最初に現れた場所であるし、伝承や召喚について何かヒントになるようなものがあればと思ったのだ。佑那の意図を察した表情で快諾したウィルと二人で図書館に向かったのだが、思いがけない障害が待っていた。

「どうしましたか、ユナ様?」
「…文字が読めません」

本を読まないと落ち着かない、活字中毒気味な佑那にとってそれは衝撃的な事態であった。
魔術による意思疎通は音、つまりお互いの言語を知識の中にある言葉に変換するものだが、読み書きに関しては視覚による術式はさらに高度なものでウィルにも扱えない。
異世界転移したことよりも深いショックを受ける佑那に、ウィルは申し訳なさそうに教えてくれた。

どうしても本を読むことを諦められない佑那はウィルから、数冊の絵本と児童向けの辞書を借りて、勉強することにした。ウィルが教師役を申し出てくれたが、筆頭魔術師であるウィルには本来の仕事があり佑那ばかりに構っていられないのだ。あまり負担を掛けるのは申し訳ないので、佑那は申し出を断り机の上に本とノートを広げる。

元々そういった分野に興味があったため、集中しているあっという間に時間が過ぎた。同じ姿勢を取り続けたせいか、さすがに背中がきしむ。思い切り背伸びをすると、扉近くで背筋を伸ばして立っている少年と目があった。今朝食事を部屋に運んで来てくれた子だ。

「えっと、フェリクス、だったかな?」
呼びかけると大きく目を見開き、慌てて佑那のもとに駆け寄って答えた。

「はい、救世主様!何か御用でしょうか?」
「あ、ううん。そうじゃないの。用もないのに呼んでごめんね」

確認するため名前を呼んだだけなのに、勢いよく駆けつけられると申し訳なくなってしまった。
佑那が詫びると、フェリクスは勢いよく首を横に振る。

「とんでもないです!名前を憶えてくださっていたので嬉しくて…。ありがとうございます!」

顔を紅潮させて、嬉しそうに見つめるフェリクスは素直で純粋そうな子供だ。救世主に対して向ける眼差しには憧憬があり、居たたまれない気持ちから佑那はそっと目を逸らしてしまった。

「それよりも少し休憩されてはいかがでしょうか?お食事の準備も出来ておりますので、お部屋にご用意することもできますが」

フェリクスは食事の支度ができたため呼びに来たが、佑那が集中していたので邪魔をしてはいけないとずっと待っていたらしい。知らなかったとはいえ悪いことをした。
部屋に戻るとフェリクスは手際よくお茶をいれ、テーブルに昼食を並べる。自分一人で食べるには量が多すぎるが、貴族の食事としてはこれが普通らしい。賓客である佑那にも同じ待遇をということだが、贅沢過ぎて申し訳ない気持ちになる。

「フェリクスはもう食事をとったの? まだだったら一緒に食べない?」

よく知らない相手ではあったが、自分から見て子供だと思える年齢だったのであまり緊張せずに誘うことが出来た。
一度は固辞されたものの、再度声をかけるとフェリクスは恐縮しながらも反対側の席に腰を下ろしてくれた。最初はどこかぎこちない雰囲気だったが、食事を摂りながら少しずつ会話を交わしていると、空気が和らいでいく。

現在13歳のフェリクスは彼の母親がグレイスのお世話係として働いており、その伝手で彼自身も今年から下働きとして城内に出入りするようになったそうだ。

「救世主様の伝承はとても有名なんです。文献としてだけでなく、物語や絵本の題材にもなっています。ですからお世話係に任命されたときは本当に嬉しかったです。必要なことがあったら何でもおっしゃってください。お手伝いいたします!」

雑談で打ち解けてくれたのか、フェリクスはきらきらとした無邪気な顔で告げる。

(くっ、何かすごい罪悪感。……別に私が嘘を吐いているわけでもないけど、申し訳なくなる!)

仮に過去に自分と同じように外見をした人がこの国を救ったのだとしても、佑那は一般人に過ぎない。自分に出来ることなら力になりたいと思うけど、どうにもスケールが大きすぎるし、何をしたら良いのか見当もつかないのだ。いたずらに期待されたくもないのだが、可能性があるのだと言われているので勝手に否定もできない。

(おまけに召喚されたわけでもないし、何でここにいるんだろう?)

溜息を飲み込んで答えの出ない問いを頭から振り払う。とりあえず目の前のできることをするしかない。今の佑那がすべきことはフィラルド語を覚えること、そしてあの時の本を探すことだ。あの本が何なのか分からないが、きっかけになったことは間違いないだろう。

ふと思いついてフェリクスに読み書きができるか訊ねてみると、元気な肯定が返ってきた。

「実は私、フィラルド語の読み書きができないの。私の先生になってもらえないかな」
「お、俺なんかが、救世主様にお教えするような立場ではないです!」
「なんでも手伝ってくれるって言ったじゃない?」
「それは、そうですけど…」

フェリクスの仕事は佑那の身の回りの世話と話し相手だと聞いている。ウィルは教師を雇うと言っていたが、余計な手間をかけさせたくない。ただでさえ生活費全般見てもらっているのだ。ただより高いものはない、という格言が頭をよぎる。

「ありがとう!あ、それから私のこと救世主様じゃなくてユナって呼んでね。じゃないとフェリクス先生って呼ぶから」

そう冗談交じりに告げるとそんな失礼な真似はできないと必死で反論され、結局ユナ様と呼ぶことで落ち着いた。真面目な彼には悪いが、なんだか弟ができたようでかわいいと思ったのは内緒にしておこう。
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