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侍女の同行と支給金

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「本日は私も同行させていただいてよろしいでしょうか?」

救護院での治療も最終日となった今日、エルヴィーラからそんな申し出があった。

「うん、別にいいけどキャシーは?」
「彼女は本日休みです」

淡々と答えるエルヴィーラの顔に変化はない。キャシーについてエルヴィーラがどう思っているかは分からないが、仕事はしっかりと回せているようだ。

ヴィクトールとのお茶会で鼠入りの菓子箱を準備したキャシーを引き取る発言をしたのは瑛莉なのだが、正直本気でなかったというか彼女が処罰されないよう牽制のつもりだったのだ。
わざわざ瑛莉に追加の侍女を付けることはないだろうと予測していたのだが、翌日キャシーが不安そうな顔で部屋に来て、聖女付きの侍女になったことを告げた。

(あの時のエルヴィーラはちょっと怖かった……)

いつもと変わらないような表情で、だけど視線だけで力強く、「聞いていませんけど、どういうことですか?」と訴えていて、瑛莉は慌てて事情を説明したのだった。

エルヴィーラに教育係を任せることになったのだが、元々侍女として働いていたので仕事に慣れるまでそこまで時間はかからなかった。
とはいえキャシーは嫌がらせに加担した人間であって、高位貴族に命じられればまた同じようなことをする可能性はある。そのため瑛莉が長時間部屋を開けるような日には、必ずエルヴィーラがいるようにしてもらっていた。

「……エルヴィーラ、休んでないよね?」

これまではそれで良かったのだが、救護院で治癒を行うようになってからはどうしても部屋を開ける時間が長くなる。いっそ二人とも休んでもらって構わなかったが、瑛莉の世話をする者が不在になるため、エルヴィーラが譲らなかった。

「エリー様が戻られた後にお休みをいただいております」
「それは休みのうちに入らないよ。キャシーも真面目に働いているみたいだし、もうそろそろ気にしなくていいかもね」

最初の頃のように怯えた様子はなくなり、エルヴィーラを見習ったのか淡々と仕事に励んでいる。ヴィクトールに叱責されたのも堪えたようだったし、万が一嫌がらせを命じられたとしても態度で分かりそうなため事前に対応できそうだ。

「……エリー様がそう仰るなら」
「含みがあるね。気になることでも?」

一般的な考え方だと前置きした上で、エルヴィーラは口を開いた。

「貴族同士の繋がりは単純なようで複雑な部分がございます」

例えばキャシーの実家であるルロワ男爵家は隣地であるゴティエ伯爵家と良好な関係にあり、そのゴティエ伯爵の妹の嫁ぎ先がバランド伯爵家、つまり縦ロールことオルタンスの母親なのだ。

「良好な関係と申しましても家格差があるため、ルロワ男爵はゴティエ伯爵家に十分な配慮を求められます。そしてオルタンス伯爵令嬢は侍女長とも血縁関係がございますので、お二方から命じられれば家のために従うしかないでしょう」

(面倒くさっ!)

血縁関係だけでなく、周囲の領地や交流関係にも配慮しなくてはならないなんて、考えたらキリがないのではないだろうか。

「そっか。だったらもう気にしたところで仕方ないね。明日か明後日、エルヴィーラの都合の良いほうで休み取ってよ」
「……承知しました」

日にちを絞ったことで、瑛莉が譲らないことが伝わったらしく、エルヴィーラはそう答えたのだった。


今日の護衛担当はディルクで、馬車の中は和やかとはいかないが移動時間が気にならない程度に会話を回してくれた。

あれからディルクと何度か話した結果、まずは聖女としての仕事をしながら様子見ということになった。聖女の力が安定することは魔王にとって不利益なのではないかと思ったが、敵対しないことが前提であるため、瑛莉自身の身の安全のためにもそこは気にしなくて良いらしい。

「それに確信があるわけじゃないが、エリーの力はあいつにとっても有用だと思っている」

まだ全てを告げているわけではないのだなと思いながらも、瑛莉はそれ以上聞かなかった。憶測で言いたくないのだろうと察したし、あまり期待されるのも気が重い。

エルヴィーラが同行することになったので今日はそちらの話は出来ないが、それならそれで移動中は気を張らなくて済む。もしかして何か感づいているのかと思ったが、エルヴィーラの表情からは何も読み取れなかった。


エルヴィーラは治癒の合間に飲み物を準備してくれたり、暑さを感じた時にはすぐに窓を開けてくれたりとこちらが何かを言う前に対応してくれるのはさすが専属侍女だと感心する。同行した理由は気になるが、エルヴィーラ本人が言わないことを瑛莉が問い質せば命令になってしまうので、放っておくことにした。

「今日のお昼はエルヴィーラが好きなものにしよう。ディルクを一緒に連れて行くのは良くないか……。じゃあ三人で一緒に行く?」
「エリー様は休んでいてください。買い物ぐらい一人で行けますのでお気遣いなく」

「あ、じゃあ俺が一緒に行きましょうか?自分の分も買いたいし、三人分なら荷物持ちも必要でしょうし」
「ありがとう、メディ先生。よろしくお願いします」

すっかり顔なじみになった医者のメディがそう声を掛けてくれたので、エルヴィーラが返事をする前に瑛莉が答えると、諦めたように一緒に出掛けて行った。

「あの金はどうしたんですか?自由になる支給金はもらっていなかったはずでしょう?」

エルヴィーラに渡した巾着が気になったのか、ディルクが早速尋ねてきた。瑛莉としても隠すようなことではないが、あまり堂々と言いたいことではない。

「あー……ヴィクトール様からもらった。――別にせびったわけじゃなくて、最近やたら高そうなアクセサリーとかくれようとするから、だったら買い物のための資金のほうが嬉しいなって言っただけで……」

ディルクに呆れたような眼差しを向けられて、瑛莉はつい口を尖らせた。自分でも言い訳っぽいと分かってはいるのだ。

(でもさ、お金がないと昼食だって買えないから切実なんだよ!)

初日は救護院で食事の準備をしてもらったが、聖女用に特別に用意されたのは明らかで、手間を掛けさせたくなく、かつ栄養豊富な食材は療養中の人に回して欲しいからと断ったのだ。

「……ヴィクトール王太子殿下は何も仰いませんでしたかか?」
「特には何も。でも最近よく様子見に来るんだよね。そんな頻繁に来なくても力が急に増えるってこともないだろうに、ヒマなのかな?」
「………分かってないなら、もういいです」

わざとらしい嘆息に瑛莉は黙っていられなかった。流石にここで交わす会話ではないと思っていたのに、そういう態度を取られては反論したくなる。

「ちゃんと分かっているよ。王太子殿下も今回の件は失敗だと思っているから挽回しようと必死なんだろう?」

度重なる嫌がらせを把握していなかったせいで、瑛莉の信頼度が神殿に偏ることをヴィクトールは危惧しているはずだ。だから宝石や支給金などを渡して聖女の機嫌を取っている。宝石はともかくお金は欲しいので、懐柔されるような振りをしているがそのくらいちゃんと理解しているのだ。

理路整然と説明したはずなのに、ディルクは呆れたような面倒くさそうな顔を浮かべて一方的に話を打ち切られてしまった。

あんまりな態度にディルクとは今度しっかり話し合おうと思っている。
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